【質問回答】魅力のない自分は、愛されなくて当然だと思ってしまう。どうすればいい?
しばらく前にパソコンが壊れて、質問箱のログインパスワードがわからなくなってしまっておりましたが、ようやく取り戻しました。その間に、質問がまためちゃくちゃ溜まってしまっております。申し訳ない。また回答に邁進してまいります!(これまでは質問が届いた順番でお答えしておりましたが、今回からちょこっと前後してしまいます。ごめんなさい)
というわけで、早速本日はこちらのご質問にお答えしますよ。

私たちが、誰か他の人から愛されないことに苦しむとき、それは本当は私たちが自分を愛せていないときです。
自分を愛せていないとき、自分で自分を許せないとき、自分で自分を受け入れられないときに、誰か他の人から愛されることで、自分には愛される価値があるのだと確認しようとしてしまうんですね。
このことに苦しんでいるのはあなただけではなくて、地球上の大多数の人が同じことに苦しむのです。アモーレの国イタリアの人にだって、陽気なメキシコの人にだって、同じことで苦しんでいる人がたくさんいる。今もこの地球上に、同じ苦しみを持った人が、何十億人もいます。ですからまぁこれは、地球人の取り組んでいる課題みたいなものですね。
今のあなたは、誰かから軽んじられた自分に対して、「お前には人間的な魅力がないし、才能もないから、誰からも真摯に愛されないんだよ。お前なんて他の人から愛されるような価値なんてないんだよ。当然だろ」と、四六時中罵っています。そうですよね。そして、そう罵られたあなたが、ものすごく悲しんでいるのです。
そんなあなたがね、例えば職場の人たちから、素晴らしい人だったと言われ、退職を悲しまれ、みんながボロボロ泣いて、これまでになかったようなプレゼントを贈られたとて、内心のあなたが自分に伝えるメッセージはこんな感じです。「お前には人間的な魅力がないし、才能もない。だから愛されなかったら終わりなんだよ。他人から嫌われたら、お前にはなんの価値もないんだよ」
これを聞いているあなたは、いつもいつも他人から嫌われたくないと思いながら生きるしかありません。
あなたは今、じゃあどうしたら自分を愛せるようになるのか、と考えていることと思います。ここで、次の質問への答えを考えてみて。
あなたは、他者から愛されなければダメなんですか。
なぜ他者から愛されなくてはならないんですか。
人間的な魅力がないとダメなんですか。
才能がないとダメなんですか。
愛されなくて苦しんでいる今の自分に、なんと声をかけてあげたいですか。
あなたが神様なら、あなたがあなたのご先祖様なら、今そうして泣いている自分に、何をしてあげたいですか。なんと言ってあげたいですか。
きっとあなたは、今まだせっかく生きているあなたに、元気になって欲しいと思うことでしょう。人間的な魅力がどの程度なのか、才能があるのかないのか、そんなことなど考慮の対象ですらなく、泣いているあなたをひたすらに、慰めてやりたいと思うことでしょう。
あなたがボロボロに弱った捨て犬を見かけたとき、まずは考えるよりも先に、心が痛みませんか。哀れで、痛々しいと思うことでしょう。洗ってやりたい、食べ物をあげたい、慰めてあげたいと思うことでしょう。決して、一旦その前にまずは、特別な芸当ができる犬かどうかを見たいとか、それによって愛するかどうかを考えよう、などと思わないはずです。その犬の能力などに関係なく、哀れに思うはずです。あなたがもしも本当にあなたを創った神様であったなら、泣いているあなたを見たら、それと同じ慈しみをあなた自身に向けるはずです。
それが本来のあなたですよ。考えるよりも前に湧いてくるもの、それがあなたがあなたに向けたい心です。それはすでにあなたに備わっている。あなたは、あなたをすでに愛しているのです。
人間的な魅力がない?いいじゃない別に。才能がない?いいじゃない別に。だからなんだっつーんだよ、です。私にもそんなものはありません。
逆に言えば、人間はみんな魅力的です。個々に別々の才能があります。すでに魅力的だし、すでに才能もあります。ちゃんと備わっているので、なにひとつプラスする必要なんてありません。
特筆すべき、他者より優れた、他者を出し抜いて自分だけが目立つような、特別ななにかがなくちゃダメなんでしょうか。いらんいらん。いらんのよ。自分を愛し、自分をいたわり、自分を慈しみ、自分の味方をしてあげるために、そんなものは不要です。
あなたが持っているあなた自身への愛は無償です。条件などないのです。もうすでに持っているそれを、あなたが受け入れるかどうか。これだけなんですよ。難しいことなんて、どこにもないんですよ。
職場の人たちを大好きだと思ったあなた、素敵でしょう?
職場を離れるときに、涙が出たあなた、素敵でしょう?
そんなあなたは、愛ある、心ある、素晴らしい女性です。
それを誰が理解しなくとも、あなたはわかってあげなくちゃ。
あなたがあなた自身を罵ってはいけませんよ。
今のあなたを、大いに誇ってください。
ダメでいいから、その自分をいたわり、その自分を誇るの。
そうして自分のすべてを慈しみ、いたわり、愛すること。これは、あなたのお父様にも、できなかったことです。きっと、ご先祖様たちにも、なかなか叶わなかった事だろうと思います。その課題に挑戦しようというのが、子孫のあなただというわけです。そのために、この退職時のできごとが起こったのです。ここでいっちょ、やったりませんか。
私自身も、過去は黒歴史ばかりで、鬱だったし、究極の怠け者だったし、身勝手で小心者で、なにか立派なことを成したこともなく、自動販売機の下をのぞいて小銭が落ちていないか調べること以外、長年継続できていることもありません。そんな雑魚い俺です。
でも、そんなしょーもない哀れな自分を連れて、地球のいい景色を見せてあげたり、なにか美味しいものを食べさせてやったり、自分が喜んでくれる音楽を見つけて聴かせてやったりして、いたわっているのです。自分にできるだけの優しさを向けて、生きることにしています。そう、決めたのです。
これは、自分の中での、密かな決意の問題なのですね。もう自分を無視しない。もう自分を見捨てたりしない。もう自分を置いていかない。どんな自分だって、自分だけは味方してやる。誰が私を軽んじても、自分だけはいつも親友でいてやる。そう決めるのです。決心するのです。
それをするために、今からプラスする必要のあるものなんて、なにもありません。捨て犬を見たときに湧いてくるあの無条件の愛と同じ、自分をいたわりたい気持ちがあれば、あとは何も要らないのです。ね?これと、才能がどうとか、他人が愛してくれるかどうかなんて、完全に別のことでしょう?
頭の中で、意地悪な側の自分が、「でもあたしなんか人より劣っているし、うんぬん…」と言い始めたら、それによって傷ついている自分に「何か気分の良くなること、しよっか」と言ってあげてください。そしてそこから連れ出してやってください。その、完璧じゃなくて、魅力だの才能だののことでずっといじめに遭っているあなたの、優しい友達になってあげてください。
あなたが味方してやらなくて、誰がしてくれるのでしょうか。逆に、誰かがあなたは素敵だあなたは素晴らしいと評価してくれたとて、あなたは本当には嬉しくなんかないんですよ。あなたはあなたが自分をどう思っているのかを知っている。そこからは、逃げられないのです。
あなたがずっと待っているのは、あなたから差し伸べられた手です。
あなたがずっと待ち続けているのは、あなたの眼差しです。
あなたが待っても待っても向けられないのに、それでも諦めずに待ち続けているのは、あなた自身のいたわりと慈しみと愛です。本当は私たちは、それ以外に、欲しいものなんてないのです。自分とガッチリ、一蓮托生でいたいのです。
ずっと待たせてしまっているから、もうダメな自分を鞭で打つのはやめて、そのダメっ子と一緒に楽しみながら生きることを選んであげてください。その魅力で、その才能で、それでいいんです。それでちゃんとあなたなのですよ。
するとね、不思議なのですが、捨て犬が愛を向けられてからどんどん元気になって跳ねたり走ったりし始めるのと同じように、あなたは見たことのなかったあなたに出会い始めます。そのときのあなたの魅力、そのときのあなたの個性は、今のあなたの知らないものです。未知の自分を楽しみに、今はとにかく、自分のよき理解者となってあげてください。
それでは、またね。
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