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『映画の生まれる場所で』ノート

是枝裕和著
文春文庫

 是枝監督が海外での映画製作を通して感じたさまざまな葛藤や新たな発見、そして創作の本質について語ったこの本は、単行本『こんな雨の日に〜映画「真実」をめぐるいくつかのこと』(2019年 文藝春秋刊)を改題・文庫化したもので、文庫化にあたり近年の作品についての感想など大幅な加筆がなされている。

 主演にカトリーヌ・ドヌーヴを迎え、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークら錚々たるキャストが出演する是枝裕和監督の映画『真実』――この映画は、是枝監督初の国際共同製作作品として、全編フランスで撮影され、第76回ヴェネチア国際映画祭(2019年)コンペティション部門オープニング作品として上映され、同年10月に日本で公開された。

 メインとなっているのは、自身初の国際共同製作(日仏合作)となった映画『真実』の撮影現場での日常を書き留めた制作日誌(メイキング・ノート)で、パリでの言語や文化の壁を越えて映画を作り上げていく過程が、直筆のスケッチや画コンテ、俳優やスタッフへの手紙などの貴重な資料とともに収められている。
 是枝はまえがきで、この本は、「『真実』という一本の映画が出来るまでの監督の観察日記であり、映画制作を巡る監督の奮戦記である。楽しかったことも辛かったことも、発見も喪失も、出来るだけ正直に書いたつもりだ」(P12)と書いている。
 読んでいくと、是枝がこれまで観た数多くの映画のタイトルや、俳優だけでなく、プロデューサーやカメラマン、録音技師、監督助手、通訳などのスタッフの人名が多く出てくるのに戸惑ったが、本書の巻末に映画や人名について簡潔に註釈としてまとめられていたので、その都度みながら読み進めた。

 この映画の主役でフランス映画界のレジェンドである主演のカトリーヌ・ドヌーヴとのやり取りは非常にスリリングで、彼女は自分の役柄やセリフに対して妥協せず、「私はこんなセリフ言わないわ」とストレートに疑問や意見をぶつけてくる。しかし、是枝監督が自分の考えを伝えつつ誠実に対話を重ね、現場で柔軟に演出を変えていく中で、次第に二人の間に深い信頼関係が生まれてくる。そしてカトリーヌ・ドヌーヴの演技のみならず、その圧倒的な存在感やプロ意識、さらには共演する俳優の演技へのさりげない心配りなどを感じて、是枝は「カトリーヌ、恐るべし」と書く。
 またある箇所では、あるやり取りについて、「何だろう、この子どものような、わがままとも違う素直さは。75歳カトリーヌ、手強い」(P172)と書き留める。

 その一方で、撮影現場へのほぼ毎回の遅刻のことや、ヘビースモーカーで、ちょっと油断すると本番直前まで煙草をくゆらせ、あわてて煙を手で払ったり、時おり見せるお茶目な一面も描かれており、文章全体に是枝監督のカトリーヌへの愛情と尊敬が溢れていて、読んでいて微笑ましい。

 また日本の映画制作の現場とは全く異なる「フランスの労働環境や権利意識」についての記述も興味深い。
 フランスでは労働時間や週末の休日管理が非常に厳格で、土日は必ず休むので、監督の意向で無理に時間延長や撮影を強行することはできない。また、演出側だけではなく、録音や照明係を含むスタッフ全員が対等な立場で演出について意見を言うことは当たり前になっている。
 是枝は、日本との制作システムや意識の違いに戸惑いながら、またハラハラしたり苦労しながらも、それを楽しみつつ監督自身が柔軟に考え方を変えていくところに是枝監督の映画の作り方とその力量を垣間見ることができる。

 ここで思い出したことがある。約40年前のことであるが、ある映画撮影の現場で武者姿の俳優が、撮影中に川に流されて亡くなる事故があり、それを契機に、わが国では「俳優は芸術家か労働者か」ということが問題になった。当時、俳優は労災保険ヘの適用が認められていなかったからだ。労働者として規定しようとすると、俳優側の心理的抵抗もあった。その頃、筆者もこの問題にいささか関わりがあり、フランスにおける同様の問題を調べたことがあった。
 当時からフランスでは労働者としての権利が認められ、国からの補助や支援もわが国と格段の差があり、その充実ぶりにさすが文化芸術の国だと思いつつ、わが国の文化芸術への支援のお粗末さに愕然としたものだ。

『真実』の撮影準備が進んでいた2018年9月、是枝作品の〝ミューズ〟であった女優・樹木希林さんが亡くなった。訃報を遠く離れたパリで聞いた是枝監督の悲しみや、彼女を失った寂しさを抱えながら「母と娘」を題材にした『真実』の現場に立ち続ける胸中も綴られており、作品の背景にある強い思いが感じられる。

 また文庫版の加筆部分では、Netflixなどの配信サービスが急拡大する現状に対して、映画監督としての素直な思いが語られている。
「配信の隆盛はクリエイターとしては、作品を発表できるプラットホームが増えるわけだから、大歓迎だ。劇場公開、という形へのこだわりを捨てさえすれば。これがしかし、なかなか簡単ではないわけであるが……」(P265)と言いつつ、「僕自身の中では紙でないものを本とは呼ばないのと同様、映画館を失ったら映画は映画ではなくなるのだとは思う」(P267)と是枝はいう。
 配信の便利さを認めつつも、「映画館という空間で鑑賞されるもの」としての映画の本質をどこまで守れるかという、映画監督として、時代の変化を透徹した眼差しで見つつも、映画というものへのこだわりが印象的である。

 本書は全体として是枝監督の制作日誌という体裁であるが、それとは別にして読み応えのある文章が二つある。
 一つは日本側プロデューサーの福間美由紀の「伴走」という、是枝の制作日誌の間に挟まれた長い文章。これを読んで、筆者は映画プロデューサーの役割を理解できた。監督と伴走しながらも客観的な眼で、出演者や監督だけでなく、スタッフを俯瞰しつつ、ある時は俳優やスタッフの感情の動きに注意しながら、現場でのもめ事を乗り越えていく福間の特殊能力、人間力に是枝監督も一目も二目も置く。
 この映画では、福間のほかに二人のフランス人プロデューサーがいるのだが、この二人が「作品のために」ではなく「私」の方が大切という態度で、ことごとくいがみ合い非協力的なので是枝も困っていた。自分はフランス語がわからないが、福間はフランス語もわかるし、立場上逃げるわけにもいかないから一番ストレスが溜まっているはずだと思いつつ、「彼女がいなかったらプロデュース陣はとっくの昔に決壊して濁流が防波堤を破って、撮影現場に流れ込んでいたと思う」(P206)と感謝の言葉を述べる。

 もう一つが文庫版の解説「映画の暴力と救済について」という女優・橋本愛の文章である。
 是枝作品『舞妓さんちのまかないさん』というNetflixの配信ドラマに出演した彼女の、「夢が叶うということは、夢が消えるということ」(P310)という文章や、「カメラそのものが持つ暴力性」(P311)、「過去の自分と今の自分を比較されることも暴力の一つ」(同)など、演じる者としての切実な痛みを鋭い批評眼と深みのある言葉で表現しており、解説文というより、映画論、演劇論として読む価値のある内容である。

 映画制作に携わる人はもちろん、「映画が作られる現場の生々しい熱量」を知りたい人にとって非常に読み応えがあり、それだけでなく人間の深みというものを教えてくれるいわば是枝監督の心のドキュメンタリーであった。
 読み終えて、『真実』のBlu-rayをネットで注文した。

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