酒を飲んで考えたこと
この国のルールで言う高齢者となった頃から自分の年齢を意識するようになった気がする。決して自身を若いなどと思っていたのではないが、年齢をあまり意識してこなかったように思う。
そんなのを『年甲斐もなく』とか『年寄りの冷や水』と言うのであろう。そう自分で感じる以前に周りからそんなふうに思われていたのかもしれない。
童顔だった私は、子どもの頃から年齢相応に見られることはなく、いつも若く見られた。私はそれが嫌でたまらなかった。若かりし頃、たいていの男は年齢より若く見られることを好まないのではないだろうか。だから皆、背伸びするんじゃないだろうか。
背伸びは関係無いだろうが、いつからか群れて行動することが苦手になっていった。仕事ばかりじゃない、酒を飲むのも宴会は億劫になっていった。
多人数は二人か三人まで、一人で飲む酒が多くなってきた。
そして、私の場合であるが、食事と酒は別個のものである。
食事は食事、酒は酒で楽しみたいのである。
李白の七言絶句『山中与幽人対酌』は
両人対酌山花開、 一杯一杯復一杯
と続く。
山に咲く花に気を惹かれながら二人で酒を飲み、 一杯一杯また一杯と酒は進む。幽人とは世俗を離れて山林などにひっそりと隠棲(いんせい)する人のことである。
様子が目の前に現れるようでもあり、二人の間でゆっくり交わされる酒にたいした肴は無いであろう。
余談ではあるが、なぜこの句が高校の漢文の教科書の題材になったのか不思議に思った。私に酒への憧れが生まれ、初めて酒に口をつけた。
八代亜紀の『舟歌』
お酒はぬるめの燗がいい、肴は炙ったイカでいい
八代亜紀の歌声と阿久悠のこの歌詞がとても好きである。
季節は冬、会うことのできぬ好きな女を一人思い、港の酒場のカウンターの隅で燗酒をちびりちびりとやる。八代亜紀が男の心を歌うこの歌詞が好きだった。
肴はシンプルに、炙ったイカだけである。
まだ意味の分からぬ十代最後の冬に初めて聞いたと思う。
『徒然草』も教科書での出会いだった。
北条時頼らが夜遅くに酒を飲もうとした時に、家人を起こすのを憚り、台所の棚から小皿に残っていた味噌を見つけ出して肴にしたというエピソードを覚えている。
武士が出てくる小説や文芸作品における「塩や味噌などの質素なつまみで酒を飲む貧乏の描写」は、決して徒然草ばかりでない。
徒然草では鼎をかぶった坊さんの話が今も心に残り、ついでに鼎というこの漢字も覚えた。
こんな人気(ひとけ)のない世界での酒がいい。
私が一人で酒を飲む時には頭のなかを整理したり、考え事をしていることが多い。酒の力がそうさせるのか、その場の雰囲気がそうさせるのか分からないが、今の私には一人が向いているようである。
そこに酒は必要なのか。そう問われることがある。
そんな時、私は「ああ」とだけ答える。いくらでも理由をつけることはできる。でも「ああ」それだけでいいと思っている。生きることが当たり前のように、酒を飲むことは当たり前なのである。生きることと酒を飲むことが私にはセットなのである。
一人の夜、冷たい富乃宝山を舐めながら、酒盗をつつき時間を過ごす。こんな時間が嫌いじゃなく、私に必要な時間なのである。
夜は更け、一人酒を飲みながら考えた。
