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ベネズエラの石油依存による経済崩壊【ベネズエラ崩壊の理由】

こんにちは、メキシコ生活5年目のメキシカンダンディパパです。

2026年は年明け早々、トランプによるベネズエラ侵攻が世界を揺るがせています。皆さんは、ベネズエラがどんな国か知っていますか?

「石油と言えば、の中東諸国」を抑えて、実はベネズエラは石油埋蔵量が世界一位の国なんです、、、、、、!ただ、それによって経済が崩壊した国とも言えますので、そのあたりの「石油依存⇒経済の破綻」の流れを本日は詳しくお話していきます。


▼ベネズエラの基本情報

● 国名:ベネズエラ・ボリバル共和国(通称:ベネズエラ)
● 首都:カラカス(23州+首都地区+連邦属領から構成)
● 位置:南米北部(北は北カリブ海、隣国はガイアナ、コロンビア、ブラジル)
● 面積:約916,000平方キロメートル(日本の約2.4倍)
● 人口:約2,800万人(但し約800万人が国外へ流出しており、実質的な人口は大きく減少)
● 公用語:スペイン語
● 民族構成:メスティーソ(欧州系+先住民系)多数、欧州系、アフリカ系、先住民などが混在(ラテンアメリカらしい多民族社会)
● 宗教:キリスト教(カトリック)が多数派、福音派なども一定数存在
● 政治体制:共和制(大統領制)※実態としては強権的・権威主義体制(長期政権・選挙不正疑惑・野党弾圧が常態化)
● 通貨:ボリバル
● 主要産業:石油(ほぼ唯一の外貨獲得手段)、天然ガス ※農業・製造業は極度に衰退
● 資源・経済の特徴:
┗ 石油埋蔵量:世界1位(確認埋蔵量 約3,000億バレル超)
┗ 国家収入の大半を石油に依存する「極端な資源国家」
┗ 石油価格下落=国家財政・国民生活が即崩壊
┗ 国営石油会社PDVSAの機能不全により、生産量は大幅低下
┗ 他産業が育たず、食料すら輸入依存
● 政治・社会の特徴:
┗ チャベス政権以降、石油・電力・通信・食品などを次々と国営化
┗ 国営化により投資・技術・人材が流出
┗ マドゥロ政権下で権威主義がさらに強化
┗ 選挙不正疑惑・反政府勢力の排除が常態化
┗ 野党指導者が存在するも、政権交代は阻止され続けている
● 社会状況:
┗ 世界でも例を見ないハイパーインフレ(通貨ボリバルが機能不全)
┗ 食料・医薬品不足が慢性化
┗ 治安悪化・公共サービスの崩壊
┗ 約800万人が国外へ亡命・移住 (人口の約4分の1に相当)
┗ 医師・教師・技術者など中核人材が大量流出
● ベネズエラを一言で表すと:
┗ 世界一の石油を持ちながら、国家運営に失敗した資源大国
┗ 資源の呪い(Resource Curse)の最も極端な実例
┗ 石油依存 × 国営化 × 権威主義が生んだ長期国家崩壊

極度の石油依存、選挙不正、人材の国外流出

もうほとんどのことを上記の基本状況の中で記載してしまいましたが、結論のみならず、もう少し丁寧にベネズエラの凋落の流れを見ていきたいと思います。

▼ベネズエラの独立

ベネズエラは、スペインから独立⇒大コロンビアに参加⇒内部対立で離脱・独立、という二段階の独立をしています。1810年にスペイン支配下から脱した後、小国がバラバラでは欧州列強に再支配される為、大きな国家で団結しようという理想を掲げて、1819年に現在のベネズエラ、コロンビア、エクアドル、パナマが合体して「大コロンビア」となりました。ただ、そのすぐ直後の1820年代、政治の中心が現在のコロンビアの首都ボゴタであったことや、税・軍事・行政を全て中央(ボゴタ)が掌握していたこと、また、(ベネズエラ)地方エリートの権限が縮小されていることなどからベネズエラの不満は溜まっていき、1826年にラ・コシアータ運動というベネズエラで自治・分離を要求する事実上の反乱が起こったことで、1830年に独立を果たしました。

なお、この大コロンビア周辺の歴史については下記記事に記載をしています。

▼石油大国への道

ベネズエラは世界最大の石油埋蔵量を有する国です。2025年のデータでは、ベネズエラの推定石油埋蔵量は約3030億バレルとされ、サウジアラビアを上回って世界一とされています。これは世界の石油埋蔵量の約17%に相当します。

20世紀初頭(1914年)に、マラカイボ湖で巨大油田が発見されてからは、「スタンダードオイル(米国)」や「シェル(英国)」といった欧米企業が高い技術力と資金を投資し、ベネズエラを世界最大級の石油輸出国に育て上げました。

マラカイボ湖(ベネズエラの北西)

そういった恵まれた資源があったことで、1950年~1970年代までは「南米の中でも最も豊かな民主主義国家」と言われていました。

1960年には、サウジアラビア、イラン、イラク、クウェートとともにOPEC(石油輸出国機構)を結ぶなど、世界でも石油の豊富な産出国として注目を浴びていました。見ての通り、ベネズエラは中東以外で唯一のOPEC創設国だったのです。

また、1973年の第一次石油ショックでは、世界的に石油価格が高騰し、ハンパではない巨額の富がベネズエラには流れ込みました。この莫大な利益を外資に渡さず、すべて国家のものにしよう」というナショナリズムが高まり、1976年に当時のアンドレス・ペレス大統領が石油産業を国有化(ペトロレオス・デ・ベネズエラ=PDVSAを設立)しました。但し、そのときの国有化は緩やかなもので、ベネズエラ国内で活動するアメリカの石油会社に技術協力費を払い続けていましたし、採れた石油の主な売却先もアメリカという、アメリカとは良好な関係性を築いていました。当時の大統領であったペレス氏は、「大ベネズエラ」という構想を掲げ、石油で得たお金で橋などのインフラ投資を推進し、主要な産業を次々と国営化していきました。

しかしこの「石油世界一」「石油があれば安泰」という事実、そしてそこから得られる「莫大な富」は、単なる数字以上の悲劇を生みました。

▼「石油依存」という病理

■産業構造の歪み:なぜ他の産業が育たなかったのか?
ベネズエラは石油収入に依存しすぎた結果、典型的なオランダ病(ダッチ病*)に陥りました。石油を輸出すれば簡単にお金が手に入るので、わざわざ国内で製品を作ったり野菜を育てたりする必要がなくなってしまい、あらゆるものが輸入で賄われるようになり、製造品や食料などの国内生産が縮小していくという流れが一気に進みました。

*オランダ病(ダッチ病)とは?:
輸出が増加することで、国内通貨の価値が上がり、国内通貨の価値が上がることで輸出品の値段が高くなり、海外に自国のモノが売れなくなる。その結果、製造業や農業などのエネルギー資源以外の産業が育たなくなるという病のこと。

結果として、詳細な統計こそないものの、農業や製造業は衰退し、国内で消費する食料の多くを輸入に頼るようになりました。輸入依存が高まると、石油価格が下落した際の窮乏は即座に国民生活に直結しますので、本来石油に依存する国は、石油価格が下落したときのために富を備蓄しておくのがセオリーですが、当時のベネズエラはそれすらも怠ってしまったのです。

その後、1980年代に入ると、石油供給が世界的に過剰となったため、石油価格が下落し、石油一本足打法だったベネズエラは、外貨不足に陥りました。遂には、ベネズエラ国家は為替管理を行い(固定相場制の崩壊)、ベネズエラ通貨であるベネズエラ・ボリバルを大幅に切り下げを行った為、通貨価値が下がり、これまで輸入に頼っていた生活必需品や食料が買えなくなりました。この通貨暴落は一晩にして起こりましたが、それが金曜日だったこともあり、ベネズエラでは「暗黒の金曜日」と言われています。

さらにその後、ベネズエラ政府は緊縮政策を行い、お金の節約を始めましたので、インフラ投資や社会保障が悪化し、1989年には首都カラカスで「カラカソ」という数百人が死亡する大暴動が起きたのです。

【石油ショックまとめ、整理】
第一次(1973年):中東戦争で原油価格が4倍に跳ね上がり、ベネズエラには何もしなくても莫大な富が流れ込みました。この成功体験が「自国で全部管理すればもっと儲かる」というナショナリズムを煽り、1976年の国有化(PDVSA設立)に繋がった。

第二次(1979年):イラン革命でさらに価格が高騰。ここで「石油一本足」を脱却すべきだったが、逆に「石油があれば農業も工業もいらない、全部輸入品でいい」というオランダ病(ダッチ病)が手遅れなレベルまで進行した。

「逆」石油ショック(1980年代):価格が暴落した瞬間に、依存しきっていた経済が崩壊。これが1983年の通貨切り下げ「暗黒の金曜日」の直接の原因。

▼ウーゴ・チャベス大統領の登場(石油の国有化と反米路線)

そんな中、1998年に貧困層からの強い支持を得て当選したのが、元空挺部隊中佐のウーゴ・チャベス氏です。彼は、「貧困層を守る!」と唱え、就任直後に憲法を書き換え、大統領の権限を大幅に強化しました。

ここまでのところは「貧困層を守る!」ということで、聞こえはいいのです。

★ボリバル革命
彼がまず標的にしたのが、長年協力関係を築いてきたアメリカの石油企業達でした。2007年に、オリノコベルトと呼ばれるオリノコ重質油地帯を国有化したことで、アメリカ企業は資産を没収され、撤退や事業縮小を余儀なくされました。彼らアメリカの石油企業は、国際仲裁裁判所に提訴し、それが現在まで続く巨額の賠償請求に繋がっています。

ウーゴ・チャベス大統領は、国有化したことで得た石油収入を使って社会福祉を拡大し、貧困層への再分配を大きく進めました。同時に、チャベスは外資系石油企業(エクソンモービルなどの米企業)をはじめとする外国資本を排除し、国営石油会社PDVSAへの支配を強めたので、その結果、PDVSAの技術者や専門家の多くが辞職や国外脱出を強いられ(もともとはPDVSAは政府から一定の距離感を持って独立性を保ちつつ運営していたが、このタイミングで技術者は退職を余儀なくされ、チャベス派と言われる忠誠心を持つ人々が選ばれることになった為に)、管理・投資能力が低下し、設備投資が不足する、という負の連鎖が進行しました。

また、貧困層への富の再分配は国の財政規律を無視して、国民を満足させるためのみで行っていました(アルゼンチンでも同じようなことが行われていたな・・・)。このような強硬策をできたのは、ウーゴ・チャベス大統領が独裁体制を築いていたからで、2002年末から2003年にかけて行われた国営石油会社PDVSAのストライキでは、政策に反対してストライキを起こした職員約1万9,000人を解雇するなど、彼の権力があまりにも大きかったことが分かります(これにより、優秀な技術者や地質学者など国営石油企業の約40%の人材が喪失)。それにより埋め合わせされた職員は技術力よりも「チャベスへの忠誠心」が重視されたため、技術力がなくなり、どんどんと凋落していきます。

なお、その後2013年にはウーゴ・チャベス大統領は、「ボロボロになった産業基盤」「膨れ上がった借金」「極限まで高まった石油依存」という負の遺産を大量に残して、癌でこの世を去りました。

▼マドゥロ政権と国家崩壊(政治的腐敗)

2026年年明け早々に拉致されたマドゥロ大統領について、詳しいことは知らない人も多いと思いますが、実はベネズエラが石油による黄金時代の終焉を迎え、経済が破綻してしまった原因が、このマドゥロ大統領であるのです。チャベスの死後、2013年にニコラス・マドゥロ氏が後継した直後、遂に原油価格が暴落しました。マドゥロ氏は、チャベス路線を引き継ぎつつもその経済危機の対応に失敗し、政治的弾圧を強めました。この2013年以降がベネズエラの暗黒時代と言えます。

2018年の選挙では、主要野党候補の排除や、投票での不正が横行するなど、国際社会から批判され、第一次トランプ政権から「ベネズエラ産石油のアメリカへの輸出を事実上禁止」するなど、経済制裁が行われました。これまで唯一お金を得る手段だった輸出が制限されたことで、国民が食料を買うお金さえ尽きてしまったのです。

▼放漫財政とハイパーインフレ

石油収入が減少した2014年前後以降(2018年以降は上記のアメリカからの経済制裁も大きな理由)、政府は赤字を賄うために中央銀行が紙幣を増刷するしかなく、結果として世界有数のハイパーインフレが発生しました(2019年には年率230万%と陥ったとされています*)。

*2019年の年率230万%とは?…
その文字のままですが、昨年は100円で買えていたパンが、今年は230万円支払わないといけないという、にわかには考えられない、信じられないほどのインフレであった。

ベネズエラ経済はそのような状態に陥ってしまっていましたので、過去4回、0の桁を切り捨てるデノミネーションが行われ、計14桁の0が切り捨てられました。14桁ということは、何もしていなかったら100兆円が1円、ということになります。2020年は1ドル26万ボリバルだったのが、2021年には1ドル400万ボリバルになるなど、考えられないことが起きていました。

ちなみに、アルゼンチンのハイパーインフレについては、下記の記事をどうぞ。

ちょうどそれと同じくして2014年以降、世界銀行はベネズエラのデータ収集を停止しました。国が不安定すぎて効果的なモニタリングができないためです。2014年〜2020年までの期間でGDPは約80%下落*し、国民の95%が貧困層となるなど、世界がベネズエラを諦めたような状況です。
*約6年ほどの期間とは言え、戦争がない中でGDPが約80%も下がるのは前例がないほどきわめて異例の状況。

病院には薬がなく、停電が何日も続くなど、国が機能しない状態となり、国民が次々と海外に流出する事態となりました。経済的に余裕のある富裕層や医師や教師、技術者や若い世代など、約800万人が国外へ脱出し、国の人口の約4分の1が失われました。これは単なる移住ではなく、亡命としての脱出であり(主にコロンビア、ペルー、ブラジル、アメリカなどへ)、世界でも極めて異例な規模です。この大規模な亡命は、国の将来を担う有望な人材を流出していますので、ベネズエラの復興をさらに難しくしています。

▼民主化への挑戦(野党のマチャド & エドムンド・ゴンザレス)

こうしたマドゥロ大統領体制への対抗勢力として圧倒的な人気を誇っていた野党の女性リーダーであるマチャド氏は2024年の選挙で大いに期待をされていました。ただ、マドゥロ大統領は、ライバルである彼女を公職追放処分し、選挙に出られなくするなど、力でねじ伏せました。それでも野党は奮闘し、野党連合が支持していたエドムンド・ゴンザレス氏を代理で立て、出口調査では約67%の得票率で勝利となるはずでしたが、ここでもまた選挙管理委員会が詳細な選挙結果を出さないままマドゥロ氏の勝利を発表するなど、不正疑惑の中で現在もまだマドゥロ政権下が続いている、といった状況です。もちろんこれには多くの国民が抗議デモを行いましたが、ここでもまたマドゥロ氏は2,000人以上を弾圧するなど、とにかく強権的なやり方で反抗する人々をねじ伏せ、2025年1月10日に自称大統領として、大統領就任式を強行しました。

■米軍介入と新たな支配
マドゥロ氏が連れ去られた今、野党のリーダー候補であったマチャド氏が国を引っ張るのかと思いきや、マドゥロ体制の2番手だったデルシー・ロドリゲス氏が暫定大統領として指揮を振っており、トランプの目的は「ベネズエラの民主主義の回復ではなく、石油利権の直接管理」がわかってきたため、マチャドを含む野党にとっても衝撃が走っている状況です。特にトランプ大統領に対しては、デルシー・ロドリゲス暫定大統領も異論をはさんでいない為、ベネズエラの石油産業は、ここからはアメリカ石油企業が完全に入り込み、実質的にはアメリカが完全管理することになりそうです。

ここまで長々と書きましたが、ベネズエラは、資源という恵みを持ちながらも、それを社会全体の持続可能な利益につなげられなかった典型例です。世界一の石油埋蔵量を誇りながらも、国としての安定性と信頼は最悪で、蔓延する汚職、浪費された資源、世界最悪の財産権、国民の大量流出、国際制裁、近隣諸国への敵対的態度、ハイパーインフレ、食糧難、極めて高い犯罪率、疑惑の選挙等々、すべてが取り返しのつかないマイナス状態になってしまったのです。

すぐに立て直すことは、非常に難しいかとは思いますが、今後のベネズエラがどうなるのか、どんな方向に向かうのかは、非常に注目すべき事案です。

では、本日はこのへんで。

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