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15兆円の為替介入で戻らなかった円相場が、2日で5円上がった——効いたのはお金ではなく9月18日への予想だった

日本銀行が毎営業日に出している「外国為替市況」という1枚のPDFがある。9月2日の紙には、東京市場のドル円の高値として160円39銭と書かれている。2営業日あとの9月4日の紙には、安値として155円30銭と書かれている。

その間、日本政府が市場でドルを売って円を買ったという発表は、一度も出ていない。



何が起きたか

まず、確定している数字だけを並べる。すべて日本銀行が公表している東京市場のスポット・レートである。

8月31日(月)の17時時点は159円56銭。9月1日(火)は159円98銭。9月2日(水)は159円69銭で、この日の高値は160円39銭だった。ここまでは1週間にわたって、160円前後で動きの乏しい相場だった。

9月3日(木)、9時時点で158円90銭。日中に156円36銭まで円高が進み、17時時点は157円03銭。1日で2円以上動いた。

9月4日(金)、9時時点で155円64銭。日中の安値は155円30銭。17時時点は156円29銭。

9月2日の高値160円39銭から9月4日の安値155円30銭まで、5円09銭。率にすると3.17%の円高である。

この155円30銭という水準には、意味がある。7月末に日本政府が過去最大の円買い介入を行ったあと、円が最も強くなったのが8月3日で、そのときの東京市場の安値が155円20銭だった。9月4日は、そこにあと10銭まで迫った。

つまり、7月末に巨額の資金を投じて到達した水準に、9月の相場は自力で戻ったことになる。


15兆3,993億円は、何を買えなかったのか

7月末に何が起きたかを、財務省の公表資料で確認する。

財務省は毎月末、「外国為替平衡操作の実施状況」として、その月に為替介入をいくら行ったかを公表している。令和8年6月29日から7月29日までの金額は、0円と書かれている。この期間、政府は市場で一切ドルを売っていない。

そして令和8年7月30日から8月26日までの金額は、15兆3,993億円である。円買い介入の額としては過去最大になった。7月31日には米国も加わった協調介入が行われている。

このお金が何を動かしたかも、日銀の日次データで測れる。介入直前の7月29日、東京市場の高値は163円88銭だった。7月30日の17時時点は163円73銭。介入をはさんだ7月31日の9時時点は160円17銭。翌営業日の8月3日には155円20銭まで円高が進んだ。介入直前から8円50銭ほど円が強くなった計算になる。

問題はそのあとである。8月26日の17時時点は159円00銭、8月28日は159円50銭。8月31日は159円56銭。介入前の163円台からは4円ほど円高の位置だが、8月3日につけた155円20銭からは4円以上、円が押し戻されている。

15兆3,993億円を投じて到達した水準は、3週間で半分以上が戻ってしまった。これが8月末までの状況である。


9月3日と4日に、市場が織り込んだもの

では9月3日と4日、市場は何を見て円を買ったのか。この2日間に起きた出来事は、順番に並べると意味がはっきりする。

8月30日、米ノースカロライナ州アッシュビルで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議に合わせ、ベッセント米財務長官と植田和男日銀総裁が会談した。9月1日、米財務省がその内容を公表した。長官が「円の大幅な過小評価に対処するための日本による決然とした市場・金融面での措置を強く支持する」意向を表明し、円安が日本国内のインフレ圧力の一因になっている点にも触れた、という中身である。

他国の中央銀行総裁との会談について、相手国の金融政策に踏み込んだ表現を財務省が自ら公表するのは、通常の外交儀礼から外れている。市場はこれを「米国が日銀の利上げを求めている」と読んだ。

同じ9月1日、植田総裁はG20後の共同記者会見で、利上げについて9月を含め毎回の決定会合でしっかり議論すると述べた。9月2日には高田創審議委員が、利上げのペースと幅について機動的な対応が必要だとの考えを示した。

この高田委員の発言には、前段がある。7月31日の金融政策決定会合で、日銀は無担保コールレート(オーバーナイト物)を1.0%程度で推移させる方針を、賛成8・反対1で決めた。反対した1人が高田委員である。委員は1.25%程度への引き上げを議案として提出し、否決されている。9月2日の発言は、その提案を取り下げていないという合図として受け取られた。

そして9月3日、ブルームバーグが年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の円資産配分引き上げ観測を報じた。

円買いの材料が4営業日で連続して出た結果、東京市場の売買も膨らんだ。日銀のPDFには前営業日のスポット出来高が載っている。8月28日は22億7,900万ドル。それが9月3日には61億9,500万ドルになった。2.7倍である。

日銀の次の金融政策決定会合は9月17日と18日。18日の15時30分から総裁の定例記者会見が予定されている。市場が値段を付け替えたのは、この日付に対してである。


円が5円上がると、家計の何が変わるか

3.17%の円高が、実際にいくらの話なのかを計算する。

財務省の貿易統計によれば、令和8年7月の日本の輸入額は12兆1,463億円だった。前年同月比27.8%増で、7月としては過去最大である。ただし輸入数量指数は106.6で、前年同月比1.2%しか増えていない。量はほとんど変わらないのに金額が3割近く膨らんだのは、資源価格と円安のためだ。同じ資料に載っている税関長公示レートの月平均は1ドル161円83銭で、前年同月の145円56銭から11.2%の円安だった。

この輸入のうち、どれだけがドル建てで契約されているか。財務省が公表している貿易取引通貨別比率(令和8年上半期)では、日本への輸入は米ドル建てが67.5%、円建てが24.7%、ユーロ建てが3.3%である。

7月の輸入額に67.5%を掛けると、約8兆2,000億円がドル建てということになる。ここに3.17%の円高が効けば、月におよそ2,600億円、1年で約3.1兆円ぶん、同じ物を買うための円が少なくて済む。7月末からの介入額15兆3,993億円の、およそ5分の1が1年で戻ってくる規模である。

ただし、この金額が家計に降りてくるまでには距離がある。輸入額には企業が使う原材料や設備が含まれ、そのすべてが店頭価格になるわけではない。契約価格の改定は数ヶ月遅れる。そして5円の円高がこのまま続く保証もない。

より身近な数字で言えば、レギュラーガソリンの全国平均は8月31日時点で1リットル170円ちょうど(資源エネルギー庁の給油所小売価格調査)。原油はドル建てで買うため、円高はここに効く方向に働く。ただし小売価格には固定額の税金と補助が乗っているので、為替の3.17%がそのまま3.17%の値下げになるわけではない。

一方で、逆向きに効く人もいる。市場が織り込んでいるのは日銀の利上げである。政策金利が1.0%から1.25%へ0.25%上がり、それが変動金利の住宅ローンに同じ幅で伝わった場合を計算する。借入残高3,000万円、残り30年、元利均等返済で金利が0.9%から1.15%になると、毎月の返済額は95,120円から98,573円になる。月3,453円、年41,433円の増加。残り30年ぶんの総額では約124万円である。

輸入品が安くなるのと、ローンの返済が増えるのは、同じ一つの出来事の裏表になっている。どちらが大きいかは、その人が輸入品をどれだけ買い、いくら借りているかで変わる。


まだ確定していないこと

事実と観測を分けておく。

第一に、9月3日と4日に政府の介入があったかどうかは、まだ分からない。財務省の月次公表は8月27日から9月末までを対象に、9月末に出る。市場関係者の多くは今回の動きを発言と観測によるものと見ているが、公表されるまでこれは推定である。

第二に、日銀が9月18日に利上げするかは決まっていない。植田総裁が言ったのは「毎回の会合で議論する」であって、9月に上げるとは言っていない。金利スワップ市場が9月会合での利上げをほぼ完全に織り込んだという報道はあるが、それは市場参加者の予想であって、政策委員9人の投票結果ではない。7月の会合では、利上げを主張したのは9人のうち1人だった。

第三に、GPIFの円資産配分引き上げは観測報道である。同法人からの発表は出ていない。

第四に、円高方向の材料だけが出ているわけではない。9月4日の日本時間21時30分に発表された米国の8月雇用統計は、非農業部門雇用者数が16万2,000人増と市場予想の5万8,000人増を大きく上回った。7月分も2万3,000人の減少から2万1,000人の増加へ上方修正されている。失業率は4.1%、平均時給は前月比0.3%増。米国の利上げ観測を再燃させる内容で、発表直後のドル円は156円ちょうど近辺から156円70銭台まで、0.7円ほどドル高に振れた。その後、日銀の利上げ観測を受けた円買いが上回り、ニューヨーク時間の序盤には155円70銭近辺へ戻している。

つまり日米は今、どちらも金利が上がる方向を見ている。9月3日と4日の円高は、日本側の材料が米国側の材料をわずかに上回った結果であって、片側だけが押しているわけではない。


見えているもの

この2ヶ月で起きたことを、順番に並べ直す。

7月末、政府は15兆3,993億円という過去最大の資金を市場に投じ、円を8円50銭ほど押し上げた。1ヶ月足らずで、そのうち4円以上が戻された。

9月初め、政府は(公表ベースでは)何もしていない。動いたのは、米財務長官が会談内容を公表したこと、日銀総裁が「毎回議論する」と言ったこと、7月に反対票を投じた審議委員が発言を重ねたことである。それだけで円は5円09銭上がり、7月に15兆円で届いた水準のあと10銭まで戻った。

為替介入は、その瞬間の売買を動かす。金利は、その通貨を持ち続ける理由を動かす。15兆円は前者を買い、9月の数日は後者を買った。値段の付き方が違うのは、そのためである。

ただし、後者には条件がある。市場がいま買っているのは9月18日に実際に起きることではなく、9月18日に起きるだろうという予想だ。予想で上がった5円は、予想が外れれば予想の分だけ戻る。7月に15兆円で買った水準が3週間で半分戻ったのと、同じ理屈で。

制度・お金・テクノロジーの「本当の仕組み」を、一次資料と数字で解いていきます。次にこういう数字を追うとき見つけやすいよう、フォローしておいてもらえると嬉しい。


参照した一次資料・報道

  • 日本銀行「外国為替市況(日次)」2026年8月31日・9月1日・2日・3日・4日、および8月3日、7月29日・30日・31日の各PDF

  • 財務省「外国為替平衡操作の実施状況(月次ベース)」令和8年7月30日~令和8年8月26日(15兆3,993億円)、令和8年6月29日~令和8年7月29日(0円)

  • 日本銀行「当面の金融政策運営について」2026年7月31日(無担保コールレート1.0%程度、賛成8反対1、高田委員は1.25%程度を提案し否決)

  • 日本銀行「公表予定」(9月17日・18日 金融政策決定会合、18日15時30分 総裁定例記者会見)

  • 財務省貿易統計「令和8年7月分貿易統計(速報)の概要」(輸入12兆1,463億円、輸入数量指数106.6、税関長公示レート平均161.83円/ドル)

  • 財務省貿易統計「貿易取引通貨別比率(令和8年上半期)」(日本への輸入 米ドル67.5%、円24.7%、ユーロ3.3%)

  • 資源エネルギー庁「給油所小売価格調査」2026年8月31日時点(レギュラー全国平均170.0円/L)

  • 米財務省によるベッセント財務長官・植田総裁会談の公表内容(2026年9月1日)、Bloomberg「ベッセント長官、円相場に関する日本の対応支持」、日本経済新聞「ベッセント氏、円安阻止へ『断固たる金融政策を支持』」

  • Bloomberg「植田日銀総裁、利上げは9月含め毎回の決定会合でしっかり議論」(2026年9月1日)、NHK(2026年9月2日)

  • 日本経済新聞「円急騰し1カ月ぶり155円台」「円が介入後高値接近、一段高への備え拡大」(2026年9月3日・4日)

  • 三井住友DSアセットマネジメント「ドル円は一時155円台前半まで円高が進行~その背景と今後の展望」(2026年9月4日)

  • OANDA証券「【米雇用統計】8月分は+16.2万人と予想上回る」(2026年9月4日、米労働省労働統計局発表分)

  • 野村総合研究所 木内登英「米財務省がベッセント財務長官と植田総裁の会談内容を公表」(2026年9月2日)


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