山の挨拶
足底腱膜炎でラン禁止中のため、のんびりと北アルプスを歩いてきた。
荷物を軽く、小屋泊で。
小屋泊はかなり久しぶりであった。
山小屋の夕食は、ソロは集められ、知らない者同士の相席となる。
「どこからですか」
「どこまで」
という定型のやりとりは、山では名刺代わりの社交辞令。
日常なら「どこいくの?」「どこ住み?」といきなり聞くのは踏み込みすぎだけど、無理やり同席させられ、同じ時刻に同じ釜の飯を食いながら「100名山はあといくつ?」「また行きたい山は?」「二度と行きたくない山は?」などと、だんだんと打ち解けていく。
今回、同じコースで抜きつ抜かれつになったテント泊ハイカーさんがいた。1日目、忘れ物をしてたのを伝えたのがきっかけで、その後もわずかに言葉を交わすことがあった。2日目には、水場で「どこまで?一緒ですね」「テントですか」「小屋なんですね」と少し長く。
おなじ方向なら旅は道連れ、とも思ったが、テント場は名刺交換のない世界。それぞれが自分の幕の中で湯を沸かし、雨音を聞き、静まり返る。それがよくてソロテント泊かもしれない——と思い直し、先に立つことにした。
土砂降りになったなか、さっきの人は無事にたどり着けただろうか——山小屋での会話が盛り上がるなか、下のほうのテント場をみると、色とりどりのテントたちがひっそりと静まり返っていた。
濃密なコミュニケーションとは、言葉を多く交わすことなのだろうか。
山小屋の夕食テーブルでの小一時間の談笑は、それぞれの目標達成に向けて「良い旅を」で、心残りはない。一方で、水場でのハイカーさんには数往復の言葉だけで、無事に着けただろうかと心残りが生じた。
もし言葉の量が関係の深さを決めるなら、逆ではないか。
おそらくこれは、言葉の量ではなくて、共有した時間の構造にあったんだと思う。
テーブルの人たちとは単に「同席」しただけ——並行する別々の旅が、その1晩だけ交差した。だけど水場の人とはずっと「並走」していた——同じ始発バス、同じ道、同じ土砂降り、同じ疲労を、二日かけて、別々だったけど、しかし同時に経験していた。言葉を交わす前から、すでに多くが共有されていた。
もしかすると忘れ物の一言は、それが単なる情報伝達ではなくて、「私はあなたを見ていました」の表明になっていたのかもしれない。
最終日。そろそろ終点が見えるころ、またも水場のハイカーさんに会い、今度はお互いに立ち止まっての会話になった。だけどこの一緒に過ごした3日間の厚みに追いつかなくて、あまり言葉にならなかった。

