100年未満の日本史
どうも。
終戦記念日が近いね。
まずは宣伝

手の届く歴史
大戦から今年で81年が経った。
経験をした人がまだ残っている間は手が届く歴史だと思う。
祖父は昭和7年生まれ、ちびまる子ちゃんの友蔵の様な性格でのほほんとした人だった。
戦争の話は大学で現代史を専攻するまで話を出したことがなかったが…
「兄が出兵する日は悲しくって玄関で泣いた」
「今日は戦勝記念日だな」
「満州から帰ってきた兄は立派な軍服を着ていた」
と話し始めた時
おとぼけ爺さんも昭和1桁の立派な歴史だな。と思った。
大叔母は祖父より年上で、いまだにハッキリと戦時中のことを覚えている。
現代史というのは軽視されがちだ。
最近は現代史を取り扱う教師が少ないという。
取り扱うのが難しい
現代史は受験に出ないのが要因らしい。
現代史は残っているものがたくさんあるのだから
史料を読むといい

実際に話を聞くといい
↑動画に映る高齢の方々は実際に体験している人も多い。亡くなる前に一度は聞いたほうがいいと私は思う。
そして実際に見に行ったほうがいいと思う。
行ってきました。
千川のフィールドワークに行く道中
まだ時間が早いし少し歩こうかな?と思い
電車の中でどこか行けそうなところを検索。
途中下車したら雑司ヶ谷霊園と護国寺が徒歩圏内にあることがわかり仙川に帰る前に寄ることにした。
雑司ヶ谷霊園
灼熱の雑司ヶ谷駅の写真はない。
iPhoneがアチアチになってしまい撮影ができなかった。都電荒川線が走る静かな町だった。

雑司ヶ谷霊園

巣鴨プリズン跡にも行きたかったのだが、暑すぎて諦めた。
今回はお目当てに来たのは「東條英機の墓」
大東亜戦争と東條英機について、東京裁判の判決が妥当だったのか?という卒業論文を書いたこともあり思入れがある。

東條英機の遺骨は殉国七士廟にあるのだが、
墓は雑司ヶ谷霊園にあるらしいので見に行ってきた。

これが東條英機の墓。
今度は用賀の住宅跡にも行きたい。
東條英機の墓を探してる最中に感じたのは
陸軍将校の立派な墓がたくさんある。
また皆綺麗に手入れされていることも驚いた。


↑ジョン万次郎ってどんな人だっけ???って思った人はこの動画を見てね
護国寺
雑司ヶ谷霊園も見たいものが終わったので
次は護国寺へ行く

この護国寺の境内の近くにある音羽陸軍埋葬地を見に行きたいと思う。
ここには音羽陸軍墓地があり
広大な敷地に約2000柱以上もの陸軍戦没者を埋葬していた。
戦後に現在の規模にまで縮小され、護国寺が管理を行なっている。


他にも護国寺には大隈重信や山縣有朋の墓もある。
山縣有朋の墓も見てきてたけど、iPhoneが熱を持ちすぎて写真を撮ることができなかった


護国寺の外にここが陸軍の管轄の土地だったことがわかる跡がある。

ひっそりと文京区に残る陸軍省の標石。
今の護国寺に軍の施設があったとは思えない。
墓地ばかりではあったものの
教科書や参考書に記載のある人物がいたんだ!
と墓を見て1人思いに耽ってしまった。
最後に
81年前の大東亜戦争。
戦争体験者は高齢になり、体験者がいない時代がすぐそこにきている。
戦争の遺構でさえ、保存されてなければ無くなって見られなくなる時代もくるだろう。
だから実際に聞けるうちに聞く、見れるうちに見る。
今必要なのは情報をとりにいくって行動だと思う。
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