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#191(特別記事1)私はなぜストピを弾くのか【コメントへの回答】

タイトル写真は、ストピの最高峰とも言われている都庁のストピなのですが、私はまだ弾いたことがありません。
 
今回記事(約6000字)は、ある方の記事に私がコメントを書いたところ、そのコメントに対して、突然私あて、ストピに関して要望を頂きましたので、私のこれまでの経験をもとに、回答させて頂くものです。私はあらゆるコメントに対し、成し得る範囲で真摯に回答したいと思っており、これまでもそうしてきました。なお、休日は障害のある長男が家におり、介護のためにほとんど時間が取れず、休み明けの投稿となりましたこと、深くお詫び申し上げます。今回は、改めて考えるきっかけを頂いたことにつき、心より感謝申し上げます。
 
頂いたコメントは次の通りです。掲載にあたっては、事前にご本人の了解を得ております。
 
◆♪playerさんからのコメント
日本のストピの設置コンセプトは明らかに間違っています。
次の記事を読んでよく考えてみて下さい。

以上のようなオーダーを頂きましたので、上記の♪playerさんの記事をさっそく読ませて頂きました。その記事では、「海外のストリートピアノは自由な交流がある一方、国内は禁止ルールに縛られ、音楽のコミュニケーションが崩壊している」、「動画は速弾きばかりで聴衆を育てる視点が欠けており、現在の空間は音楽文化への冒涜である」など、色々と問題提起をされているのですが、詳しい内容については記事をお読みになってご確認下さい
 
私が頂いたオーダーというのは、「設置コンセプトが間違っていることを、よく考えてみて下さい」というものです。しかし、私は日本に多数設置されているストピについて、設置者に一つ一つコンセプトを確認したことがなく、そうする時間もありません。私は一介のストピ愛好者に過ぎず、仮に設置者にコンセプトを確認したとしても、設置者を差し置いて、とやかく言える立場にもありません。
 
このため、設置コンセプトが間違っているのかについて、回答することは差し控えたいのですが、それに代え、私がなぜストピを弾きに行くのか、その理由を中心に、私のこれまでの経験を踏まえて書きたいと思います。都庁のピアノについては、ホームページに設置趣旨が掲載されていましたので、最後に少しだけ触れたいと思います。


◆一番の理由は、ストピを通じて交流すること

私が初めて弾きに行ったストピは、ベヒシュタインジャパンが神代植物公園に期間限定で設置したピアノです。普段はショールームに置かれており、非常に状態のよいピアノでした。部屋についても、普段は展示ホールとして使われており、非常に静寂で、ピアノの音がよく響く空間でした。客席が30席ほど用意され、演奏環境としては申し分のないものでした。
 
1か月余り設置されていたので数回弾きに行ったのですが、ある時、40代ぐらいの女性がシューベルトの即興曲3番を弾かれていました。私もその曲は練習代わりに(と言っても、私には非常に難しい曲ですが)、最初の20小節ほどを弾いていたので、ちょっと気になりました。私が話したそうにしていると、その方から、「いいピアノですよね」などと声をかけられ、その曲のことや普段の練習のことなどを話して、楽しいひとときを過ごしました。
 
何日か後、またそこに弾きに行ったのですが、今度は80代ぐらいの女性に、「今日はたまたま来たら演奏が聞けて良かったです」と声を掛けられました。その方の2人の娘さんは桐朋を出られたとのこと。そんな方から、「演奏を録画させてほしい」と言われたのにはびっくりしましたが、私は大胆にも許可しました。演奏後、私の演奏のことやピアノの話などをして、この日も楽しいひとときを過ごしました。
 
さらに別の日には、1回弾いて帰ろうとしたら、休憩されていた同年代の男性から、「音楽がないと寂しいので何か弾いて下さい」と言われました。私は弾ける曲が1曲しかなかったのですが、それでもよいと言われたので弾きました。演奏後は温かい拍手を頂きました。
 
ここのストピでは、他にも色々と楽しい交流がありました。ほぼ満席の状態で弾いたときもあり、当時はピアノを始めてたった1年半だったので非常に緊張しましたが、大きな拍手を頂いて大変嬉しく思いました。もちろん、他の方の演奏には私も惜しみない拍手を送りました。
 
その2か月ほど後、これも期間限定で設置されていた、市の音楽ホールのストピを弾きに行きました。ここのピアノも非常に良い状態でした。広い玄関ホールで、音響環境も良好でした。
 
ここでも3人ほどの方と、弾いた曲や演奏のこと、練習のことなどをお話ししました。話をしなかった人とも、互いに拍手を送り合うという嬉しい交流がありました。

私がストピを弾く一番の理由は、他の演奏者や聴衆との交流が楽しいからです。また、そのことが練習に対するモチベーションを保つための、一つの手段にもなっています。
 
さらに言えば、私は自宅がマンションであるため、普段は電子ピアノで練習し、大抵の場合はヘッドフォンを付けているのですが、ストピは、アコースティックに慣れることと、緊張を経験するための格好の場所です。
 
何度も演奏がストップするとか、同じフレーズを繰り返し弾くとか、そういう練習の場として使用したことは、もちろんありません。しかし中には、そういう人が稀にいるようです。ただしネットでの情報なので、真偽のほどは分かりません。仮にそういう人がいるのだとすると、また、管理者にクレームが寄せられているのだとすると、時間制限などのルールを設けざるを得ないのだと思います。
 
これは利用者のマナーの問題であり、その環境がどのように育つのかは利用者次第だと思います。設置コンセプトがどうであれ、せっかく与えて頂いたものなので、私は一利用者でしかありませんが、うまく育てていきたいと思っています。
 
都庁のように人気が高いストピでは、順番待ちの列も長くなります。私は日曜午前中の状況しか見ていませんが、いつも5~10人ほど並ばれています。分け隔てなく演奏のチャンスを与えるためには、時間制限を設けることも必要なのだろうと思います。
 
「弾き語り禁止」や「連弾禁止」というルールが目立ち始めたのはコロナ禍の頃からだと思います。「合奏禁止」は、必ずしも広くない場所で、通行や休憩のためにも使われる場所では仕方のないことだと思います。場所によっては、連弾のほか合奏も認めているストピもあり、そういう動画も見かけます(さいたま新都心駅など)。

◆受付けシステムの問題

前記の公園と音楽ホールでは、備え置かれている受付け表に名前を書くというシステムを採用されていました。公園のほうは、名前を書いたら、番号が書いてあるカードを取り、演奏する際にはそのカードを皆が見える場所に掲示します。音楽ホールのほうは、演奏の順番が回ってきたら、受付け表の名前を赤線で消してから演奏します。
 
この2か所については、演奏の制限時間は10分で、いつ順番が回ってくるのか分かりやすいシステムでした。これなら咄嗟にトイレに行くことも可能です。都庁の場合、制限時間は5分で、並んで待つというシステムです。人数を数えれば、自分がいつ回ってくるのか分かります。
 
他には、砂時計をひっくり返すとか、タイマーを押すとか、いろいろと工夫されているストピがあります。人気のあるストピをごく一部の人が独占することによってリサイタル会場のようになってしまい、それに対するクレームが出ているのだとすると、管理者としても気を使わざるを得ないのだと思います。
 
クレームが出てストピが撤去されてしまうことは、私にとっては非常に悲しいことです。とにかく私は、他の演奏者や周りの人に迷惑がかからないよう、これからも節度ある行動を取りたいと思っています。

◆ピアノの状態と演奏環境

ストピの中には、ピアノの状態が悪いものや、周辺の騒音がひどいものもあります。そういうストピは人気がないことが多く、弾きに来る人もあまりいません。これは当然だと思いますが、決してそういうものだけではありません。例えば前述の公園に置かれていたものなどです。
 
ピアノの置かれている場所が駅の一角などの場合、その場所は専ら演奏を聴く場所なのではなく、通行や休憩のためにも当然使われます。客席のごとくベンチが置かれている場合もありますが、フェンスで仕切られているとか、独立した部屋でない限り、休憩目的の人が多数来ます。
 
このため、周りの人から必ず拍手があるわけでもなく、交流があるわけでもないのですが、それでも私が弾きに行く理由は、そういう場所でも交流があることを期待するからです。有楽町の東京国際フォーラムでは、オープンカフェのすぐ隣に置いてあり、カフェでくつろぐことを目的とする人しかいませんでしたが、何名もの方から拍手を頂きました。
 
最近行った大宮アルシェの屋外のストピは、周りの騒音がよく聴こえるような場所でしたが、80代の方で、2年間独学で練習してきたという方と話をすることができ、楽しいひとときを過ごせました。高輪ゲートウェイ駅では、列車の騒音が反響しているような環境でしたが、順番を待っている間に50代ぐらいの男性と少し話をすることができました。
 
そのように環境が悪い場所でも、私の演奏に興味を持ってくれる人や、音楽の話を誰かとする機会がないわけではありません。さいたま新都心駅では、高校生に声を掛けられましたが、世代を越えた交流もあります。
 
私は東京周辺のストピを20か所以上巡りましたが、「こんな雰囲気の悪い場所には二度と来たくない」と思った場所は一つもありません。聴衆が全くいない場合や、いても拍手も交流もない場合が何度もありましたが、私としては、いつも期待を持って弾きに行っています。交流というのは、それを望む相手がいて成立するものなので、仕方がありません。

◆ユーチューバーの演奏

私はまだ著名なユーチューバーに会ったことがありません。都庁のピアノは何度となく聴きに行っていますが、ユーチューバーが来ることで有名であるにも関わらず、会ったことがありません。時間帯が違うからかも知れませんが、要するに、そういうユーチューバーはごく一部で、それ以外の人のほうが圧倒的に多いということです。
 
それらユーチューバーの演奏目的は、動画の広告収入やリサイタルのプロモーションなのかも知れませんが、そういう方はごく一部です。その人たちの動画を見たとしても、そういうときの状況しか分かりません。一般の人でも動画を出されている場合があるのですが、聴衆と会話されているような状況も見受けられます。
 
前述の公園のストピでは、ある時、テレビ番組で講師として出演されたことのあるプロの方が、小学生の娘さんと弾きに来られていました。バドミントンのラケットを持っておられたので、遊びに来たついでに弾かれたのだと思います。
 
娘さんはブルグミュラーを何曲か弾かれ、プロの方は英雄ポロネーズを弾かれたのですが、例の左手オクターブ連打の部分を娘さんが両手で連弾され、非常に微笑ましい光景でした。プロという態度は一切見せず、非常に謙虚で慎ましい方でした。
 
個人的には、その方の演奏をもっと聴きたいと思いましたが、ストピはリサイタル会場ではありません。聴きたかったら金を払ってリサイタルに行けという話になります。その日は多くの方が弾きに来られていて、私もそのうちの一人でしたが、どの方の演奏にも拍手が沸き起こり、非常に和やかな雰囲気でした。
 
私は角野隼斗さんをフォローしているのですが、ストピに関して次の記事を書かれています。

「動画がバズることを重視する風潮やマナーに対する批判が起きるのは、ストピ本来の魅力を愛する人々が違和感を持っているため。プロかどうかを問わず、全員がフラットに演奏のチャンスを与えられ、技術の優劣に関係なく、その場にいる全員が純粋に音楽を楽しめるといった公益性を、特に影響力のある演奏者は認識することが必要」というようなことを述べられています。
 
私は、海外のストピは動画でしか見たことがありません。日本のユーチューバーのように演奏技術を殊更に誇示する動画は、確かに少ないとは思うのですが、バズることを目的にしていると思われる、演出が過剰で、ショーと化している動画は、むしろ日本よりも多いように思います。日本の動画でも、例えばサプライズ参加を装った仕込み動画は見られますが、これは海外の動画の影響を受けているのではないかと思います。
 
海外のストピが、どんな状況で使われているのか、私は動画でしか知りません。普段どういった交流がなされているのでしょうか。ピアノの状態に関して言えば、音が鳴らないキーがあるなど、むしろ日本よりも悪いようにも思います。動画を見るだけでは、現状は把握できないと感じており、叶うことなら、海外のストピも調査してみたいと思っています。

◆都庁のストピの設置趣旨

都庁では、次の写真のような説明パネルが現地に掲示されています。

東京都のホームページより引用

この中で、設置趣旨については、次のように書かれています。
 
このピアノは、国内外からのお客様同士が音楽を通じた交流促進を図ることにより、都庁舎に訪れるたくさんの方々への「おもてなし」の一つとするために設置しています。
 
この内容に関して何か言うつもりはありませんが、少なくとも客寄せのためではありません。ピアノを置かなくとも、都庁の展望室には続々と客が来ています。ピアノがあるのは南展望室で、北展望室にはありませんが、それでも大勢の客が両方の展望室に来ています。
 
実際の使われ方としては、この趣旨がよく生かされていると感じます。演奏後には、ほぼ必ず、国内外の方が拍手をしています。海外の方が、日本人の演奏者に対し、「いい演奏に感動した」と声を掛けられている場面も何度か見ました。海外の旅行客が弾かれているところも何度か目にしました。動画を見ただけでは、そこまでは分かりませんでした。
 
都庁は素晴らしい環境だと思います。演奏者は、何も話さずにそのときが来るのをじっと待っていることが多いのですが、緊張がそうさせるのだと思います。待っている間、ずっと楽譜を凝視している人もいました。うまい人が多いので勇気がいるのですが、私もいつか弾いてみたいと思っています。

◆最後に

今回記載した内容は、私の経験をもとにした、私個人の考えであり、他の方に強要する意図も、同意を求める意図もありません。一つだけ個人的な希望を述べさせて頂くとすれば、それは「ストピを通じて音楽を共に楽しみましょう」ということです。もちろん、交流を押し付けるつもりはなく、その場の雰囲気に任せます。人それぞれ、生きてきた環境や経験が違うので、様々な考えがあるのは当然です。公共の場であるがゆえ、他者を不快にさせるようなことだけは、あってはならないと思いますが、そうでない限り、個人の考えは尊重されるべきだと思います。
 
最後までお読み頂きありがとうございます。