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農家の時給を計算してはいけない。

米を作るのに、いったい何時間かかっているんだろう。

ふと思った。

田んぼを耕す。
水を入れる。
代をかく。
田植えをする。
水を見る。
草を刈る。
草を取る。
また草を刈る。

ここまで数えて、僕は計算するのをやめた。

まだ稲刈りすらしていないのに…

どうも
時間の収穫ができないナオです。


農業を始めてから、「農業って儲かるの?」という壁にずっとぶつかっている。
もう心と懐が傷だらけだ。

一反からどれくらい採れるのか。
いくらで売れるのか。
種や資材、燃料にいくらかかるのか。

そこまでは計算できる。

厄介なのは、自分の時間だ。

例えば草刈り。
3時間かけて、きれいにする。
そして一週間後。

伸びている。
また刈る。
ふと思う。

あの3時間で、僕は何を生み出したんだろう。

草をなくした。
そして、また生えてきた。

農業をしていると、ときどき自分の人生を草に食われているような気がする。


朝、田んぼを見に行った20分。
夕方、草を刈った1時間。
水が気になって、もう一度見に行った15分。

こういう時間は、自分でやっているといつの間にか経費から消えていく。
かといって、「農業には、お金では測れない価値がある」で終わらせたくない。

それを言い始めたら、自分の時間はいくらでもタダにできてしまう。
やりがいでは、トラクターの修理代は払えない。

僕は農業が好きだ。
田んぼのある暮らしも好きだ。
できれば、ずっと続けたい。
だからこそ、ちゃんと儲けたい。


農家の時給を計算してはいけない。

計算すると、たぶん嫌になるから。
……と思っていた。

でも、本当は逆なのかもしれない。

農家こそ、時給を計算しなければいけない。

好きだから。
自分たちで選んだから。
だからといって、自分の時間までタダにしてはいけない。

今年も、もう少ししたら稲刈りが始まる。

米を売ったら、売上を計算する。
経費も計算する。

そして今年は、自分が田んぼに使った時間も計算してみようと思う。

たぶん、見たくない数字が出る。
それでも電卓を閉じない。
その数字から、来年の農業を始めようと思う。


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