田んぼは、思った通りには水がたまらない。
最近、
「これからの時代は自分で食べるものを作らないといけない」
みたいな話を、よく見かける。
そういう情報を意識しているからかも知れないが
そういう社会情勢になってきている氣もする。
どうも
米の自給率は300%のナオです。
だから昨日も、田んぼにいた。
田んぼにやられている。
どうしても水が抜けてしまう。
昨日は、水路を作っていた。
田んぼに水を出し入れするための、大事なやつだ。
理屈はシンプルで、水を引いて、溜める。
溜まり過ぎた場合の水切り用排水路も作る。
山からホースで山水を引っ張ってきていて、
ホースの先は水がジャバジャバ出ているのに、
なーんか、溜まりが悪い。
入れても入れても、どこかへ消えていく。
ま、まるで私の財布だ、と嘆きたくなるくらい、
あるはずだと思っているものが、すっといなくなる。
原因はだいたいわかっている。
おそらくモグラだ。
あいつら、めちゃくちゃ優秀である。
人間が一生懸命整えた水路の横に、
さりげなくトンネルを通してくる。
しかも絶妙な位置に。
結果、水はそこから抜けていく。
完璧な排水システムである。
いっその事、設計書と指示書を渡してお願いしたいくらいだ。
一応こちらも対抗している。
穴を見つけては土で塞ぎ、畦を踏み固める。
トラクターで何度も掻く。
踏む。潰す。
それでも翌日には、またどこかで抜けている。
毎年、イタチごっこ、ならぬモグラごっこだ。
完璧にコントロールすることなんてできない。
ただ、少しだけマシな状態に寄せていくだけ。
水も、土も、こちらの都合なんてあまり聞いてくれない。
だから、うまくいかない。
でも、だからやる。
やらないと、あとでもっと面倒になるからだ。
つまり、めんどくさいの回避である。
それでも少しずつ、田んぼは形になっていく。
完全じゃないけど、昨日よりはマシ、くらいの感じで。
農業って、そういう積み重ねだ。
完璧じゃない水路に水を流して、
ちょっとだけ溜まるのを確認して、
「まあ、こんなもんか」と言う。
そしてまた、次の日に掻く。
たぶんこれが、田んぼと付き合うということなのだと思う。
勝つわけじゃない。
折り合いをつけていくだけだ。
来年も、その次の年も、きっと同じことをやっている。
トラクターを動かす燃料代に、白目をむきながら。
ちなみにモグラは、今日も元気だと思う。
できれば、もう少し遠慮してほしい。
でも少しだけ、あの排水の見事さに、感心もしている。
