うちの子がうつ病になるなんて…
「うちの子がうつ病になるなんて…」
そう話してくれたお母さんがいた。
「何かの間違いに決まってます。 今のあの子は、本当のあの子じゃない!」
嘆きたくなる気持ちは分かるけれど、お子さんの今を否定したら、お子さんはどこに居たらいいの?
「就職する時、私はあんな会社は反対だったのに、お父さんが『自分で決めた所に行きなさい』なんていうものだから、あの子が間違った選択をしたの!」
そう言ったら、お子さん、自分を責めて責めて責め続けてしまいますよ。
家族とは、いったい何だろう…。

「似た者同士」
夫婦や親子で時々みられるけれど、嫁と姑だと中々厳しい。
私の祖母も、叔母も、どちらも気が強くて一言多いタイプ。
祖母は「自分はないがしろにされてる」と言い、
叔母は「私の方が我慢している」だったらしい。
間に入る叔父は苦労ばかり。
叔母は体調を崩し、自律神経失調症と診断されたと聞いた。
祖母は「身体が弱い体質だから」と言っていたらしい。
同居だった祖母と叔母。
叔母は祖母を恨んでいたと思う。
祖母のお葬式の時、叔母は調子を崩していたが顔を出した。
その場にいる事さえ苦痛だという面持ちで。
祖母が居なくなったら気持ちも晴れるかというと、
そうでもなかったらしい。
思うに、
恨む相手がいてからこその恨みであり、
相手が居なくなってしまって、
恨む気持ちの置き所がなくなったのだろう。
祖母と叔母に会うのは年に数回だったから、
本当のところはわからないけれど、
お互いに苦しかっただろうと思う。

A君の事は、憶えている。
小学校の頃のクラスメイト。 「俺は拾われた子なんだ」と、真顔で言っていた。 いつも伏し目がちで、落ち着きがなく、すぐカッとなる奴。 顔に絆創膏をはっていたり、教科書がくしゃくしゃな時も。 その当時は分からなかったけれど、今思えばDVを受けていたかも。
途中から学校に来なくなった。 噂では母親と一緒に逃げたとか、入院したらしいとか…。
環境が違っていれば、違う人生を歩んでいただろうか。 いつも何かを諦めてしまっているかの顔つきにならなくても済んだだろうかと、つい考えてしまう。

「期待に応える」
どちらかというと父親に多いのかもしれませんが、自分の出身校や大学を子供に勧めたがる人、結構いるように感じます。
自分と同じレベルになって貰いたい。 それに応える事が当たり前だと思い込んでいる人も、結構いる。
これは母親に多い印象ですが、自分のしたかったお稽古事を子供にやらせる。 これも、少なからずいると思います。
応えるのが当然。 他の事に興味があるけれど、こちらがあるからと半ばあきらめ気味。 好きならいいんですけれどね。
期待を裏切れない。 そんな人が、就職してから辛い思いをする。

「兄弟姉妹」
兄弟姉妹の関係性はそれぞれで、微妙な気がします。 メンタルを病んだ時、頼り方が親とも違うし、他人でもないし…。
本当に寄り添ってくれる間柄もあります。 こまめに声をかけてくれたり、話し相手になってくれたり。 友達とも違う理解をくれる。
逆に、私には関係ないという態度をとる人も。
姉は「困った時は相談に乗るからね」とよく言っていましたが、私の妻がうつ病になった時、話を聞く前からいきなり「うつってさ、なかなか治らないって言うじゃない」「結局、自分の問題だよね」と。 妻の落胆は酷かったです。
大丈夫だよと言って欲しかっただけなのに…。
恨んだか?
いえ。
分かろうとしないならば放っといてくれ、という感じですかね。

「血筋」
メンタルに関する場面で、時に「血筋」という言葉を聞く。 遺伝の問題はまだ研究半ばだけれど、「血筋」は大抵の場合、くだらない揶揄とカテゴライズの意味で使われる。
家族には「絆」があれば、と思う。
締め付ける物じゃなく、支えあうものとしての。
なかなか難しいけれどね。
