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WAIS,WISCの良さ

私は子供のころ、いじめられていた。
ずっといじめられていたわけではない。だが、いじめられたことは覚えている。

自分がもし今の精神状態のまま、その環境に飛び込むことができたとすると、おそらくそれはいじめには該当しないだろう。

社会生活にあるような、「あの人(たち)とは気が合わなかったんだ」で終わるに違いない。
気が合わないから無視されるだけ。今だったらそういう人は無視できる。

だけど、子供のころは、過ごしてきた環境が違うから「気が合わない」ということがうまく言語化できないはずである。

だから、子供はみんなから好かれようとするし、それを全部諦めてしまう。
全員から好かれることは必ずできないし、だからこそ自分と合う人と一緒にいればいいのに。

もし、あのときにWAISやWISCを受けていて、明確に自分が他の人とは違うことがわかっていれば、そうなっていなかったように思える。

なんか自分は他の人と違うみたいだ。でも、あの子はああいう性格だし、この子はそういう性格だし、それと同じものなのか。

自分の思考フレームや着眼点・処理速度の違いなども、ついつい「やさしい」「親切」「いじらしい」などの性格や「かわいい」「かっこいい」などの見た目の特徴のようなものにとらえてしまう。

だが、違うのだ。
思考フレームや処理速度の違いは、もっと性格や見た目よりも根深い違いなのだ。
日本語話者と英語話者とでは会話が通じづらいだろう。そのような違いなのである。

もし、当時の私の周りにそのようなことを言う人がいたとして、WAISやWISCを受けることで実際にそのようなことを理解することができたのであれば、私はもっと生きやすかったに違いない。

WAISやWISCは受けるだけでは全く意味がなく、結果が返ってきた後で事実を理解し、それにどう向き合おうと考えることに意味がある。

だから、「大人」が子供に及ぼす影響は大きいのだ。