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日記 好きを仕事にしようとして嫌いになる

こどもたちを家に留守番させて、妻と太宰府の季の音きのねという雑貨屋さんに行ってきた。予約していた来年のカレンダーと、ここの陶芸教室で作っていた花瓶を受け取りに行きたいから連れて行ってほしいと妻から頼まれたのだ。

妻も車の運転はできるのだけど、細い道や知らない道は運転したがらない。ちなみに季の音まで行ってみると特に細い道も知らない道もひとつもなかった。自分で行けたやん。

車中で、妻と今年の振り返りみたいな話をした。今年の漢字は「編」を3年連続3回目の受賞をしている妻は今年もほぼ毎日なにかしらを編んでいる一年だった。でも今年は「苦しかった」と言う。

これまでの2年間は心の赴くままに好きなものを作っていたので楽しかった。でも今年いざ編み物を仕事にしていこうとちゃんと考え始めた時、自分のできない部分が目につくし、Instagramに才能あふれる編み物作家がたくさんいるし、もう自分に自信が持てなーい編むことが好きなのかもわからなーいうわああああぁ!となったのだそう。

自分の作品に市場価値を出さなきゃならんと考えると苦しいよなあ。なるほど。それで通信講座を受けたいって言い出したのか、と腑に落ちた。妻は今、かぎ針編みの講師科の講座を受けながら一から製図してセーターを編んでいる。

私は編み物については全然わからないけど、側から見ていてずいぶん遠くまで来たなあと思う。講師として認定されたら少しは妻の自信になるのかな。最近はまた新しいデザインを作ったの〜と楽しそうに見せてくれるからなにか乗り越えてきたのかもしれない。

いざ値段のある物を作るとなると、純粋な好きだけではいけない部分がたくさんあるんだろう。好きを仕事にしようとして嫌いになる。妻はそんなところでもがいているんだと思う。

私はどうなんだろう。書くことは好きだけど、それであわよくば何者かになってみたいとも思うようになってきたけど、こんなに頑張れてはいないなあと思う。夜な夜な編む動物と化している妻を見るとちょっと背筋が伸びる日もあれば、まあ普通にだらだらとしてしまう日もある。私の好きはずいぶん軽いなあ。

妻が陶芸教室で作った花瓶はシンプルだけど味があってすごく素敵だった。

妻の作った花瓶
だがオセロの才能はない妻

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