また、思い出した。お盆のせい
小さい頃は、当たり前に自分しか見えてなくて
今の自分しか知らない
というか、
んー。
私には私からしか見た世界しか知らなくて
例えば、この目の前にいる家族には
それぞれ自分から見た世界が見えてるのかな!?
と思って、
母親に
「お母さんから見た世界には、
◯◯(私の名前)がいるの?」
と聞いたことがあるけど、
「何言ってるの?当たり前じゃない」
と言われたけど、
まだ、沢山言葉を知らなくてうまく聞けなかった。
本当は、
私から見えてる世界で見えてる人達は、
私の為に用意された?キャスティングされた人か?
ってことが聞きたくて、
私が◯んでしまったら
この人たちは解散するのか?
って事が聞きたかった。
だんだん1人で考えて
もしかしたら、この人達は
私みたいに皆自分から見た
世界の主役なのかもしれない。
と思うようになってきて
それぞれに皆、リアルを生きている
ことがわかった。
私が、喋らないと、
私の気持ちは本当に誰にもわからないのか?
って思うようになって
母親に「………………。」
「今◯◯(私の名前)が何考えてたか伝わった?」
って聞いたり、
今度は、もしかしたら手を繋いでいたら
伝わるかも…と思って
手を繋いで「…………………。」
「なんか聞こえた?」
とか、仮説の検証をするような子供でした。
その時の検証結果は、
「言葉にしないとわからないんだな」
と思いました。
だから、心で思うのは自由なんだな。と
私の持っているぬいぐるみは
心があるのか、ないのか
とか…
もしかしたら、本当はあるのかもしれない。
こればっかりは、聞いてみないとわからないけど、ぬいぐるみは喋らないのでね。
とか幼稚園とか小さい頃
考えてた。
中学生になってから
もし、友達が◯にたいといった場合
ダメだと言うことは
私がその人を好きだからという気持ちで
引き止めるのはかなりのエゴではないか?
という、
今現実の話ではなくあくまでも
こうだったら説の話に
親は一般的な正解の押し付けを
してくるタイプで、
頭の硬さに嫌気がさしてきた
ただ、同じものを見て
一緒にかんがえてほしかったんだと思う。
70歳過ぎた母親は
最近思う事を私に話してくるけど
私からしたら
今更そんな事を考え出したのか…(笑)
と思うようなことばかりで
とっても聞いていて退屈なんだけど、
一応聞いてあげてる(笑)
ちなみに仲はいいです。
そして、最近はわたしの話すことに
ついてきてくれようとはするけど
だいたい第一声は、
「そんなこと考えたことない」です。
聞くことすらカナリ集中力がいるそうです。
私は、一般的な大人ができるようなことが
できない事が多くて
ATMでお金を引き出したいだけなのに、
機械の前でガードいるんだ!
と思って、家に取りに帰って
とか、永遠に興味の無いことが
覚えられないポンコツです。
親からしたら、私の娘は
未だにそのレベルか?
と思って呆れてると思う。
人ってどこに向かって生きてるんだろう…
と思う。
