クリムトも、サングラスも。┊︎Cafe Sperl, Wien🇦🇹
ウィーンまで来ても、気温には勝てない。
カフェシュペールに入ったのも、
歴史ではなく冷気に用があったから。
でもエアコンはなく、結局暑かったんだけど。

(1880年創業)
──「クリムトも通った店なんですよ」
こういう情報に、めっぽう弱い。
急に姿勢がよくなる。

この街の時間を見てきた鏡。
「この窓のそばに座っていたかもしれない」
「あの蛇口もひねったかもしれない」
暑さには勝てないくせに、
ロマンにはすぐ酔う。

赤いソファは擦り切れている。
百年以上、人間を座らせ続ければ、
椅子だってこういう顔になるのだと思う。

きっと何人分もある。
普通なら、
「いい加減、替えどきですね」と言われそうなのに、
ソファも、テーブルも、
ここではそれが貫禄になる。
不公平な話ではある。

冷たいものを飲んで、
ひとまず暑さもましになったので、
店を出ることにした。
店を出て、しばらく歩いたところで、夫が言う。
「サングラス忘れた!」
夫だけがシュペールへ戻っていく。
私は八月の日差しに勝てず、
屋根のあるバス停で待つことにした。

だいぶ経って、
「床に落ちてたみたい」とサングラスを手に、
上機嫌で戻ってきた。
店員さんと雑談をしていたらしい。
こちらは暑い中、待っていたというのに。
ともあれ、クリムトが色鉛筆くらいは落としたかもしれない床に、夫はサングラスを落としたわけで。

店が百年以上そこにあるということは、
きっとそういう日の積み重ねなのだと思う。
「誰がいたか」より、
「誰でもここにいた」と思えるほうが、なんだか豊かな気がする。

暑さから逃げ込んだ人も、
トイレだけ借りた人も、
恋人と喧嘩した人も。
絵の天才も。
いろんな人の往来が百年続いて、
「老舗」になる。

一日いる常連もいます」だって。
私がシュペールで座ったところで、
誰も噂してくれないし、本にも書かれない。
でも百年後、この場所がまだ残っていたら、
誰かはクリムトのいた時間だけでなく、
ここに積み重なった無数の名もなき午後にも思いを馳せるのかも。
歴史の端っこに、サングラスを忘れた夫と、
それを暑い中で待つ羽目になった私の午後も、ちゃっかり混ぜてもらおう。
