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クリムトも、サングラスも。┊︎Cafe Sperl, Wien🇦🇹

ウィーンまで来ても、気温には勝てない。

カフェシュペールに入ったのも、
歴史ではなく冷気に用があったから。
でもエアコンはなく、結局暑かったんだけど。


▲ 世紀末ウィーンの芸術家たちが語り合った場所。
(1880年創業)


──「クリムトも通った店なんですよ」

こういう情報に、めっぽう弱い。
急に姿勢がよくなる。


▲ 人よりずっと長く、
この街の時間を見てきた鏡。


「この窓のそばに座っていたかもしれない」
「あの蛇口もひねったかもしれない」

暑さには勝てないくせに、
ロマンにはすぐ酔う。


▲ 今日もちゃんと、配役は揃っている。


赤いソファは擦り切れている。

百年以上、人間を座らせ続ければ、
椅子だってこういう顔になるのだと思う。


▲ 誰かの「いつもの席」は、
きっと何人分もある。


普通なら、
「いい加減、替えどきですね」と言われそうなのに、
ソファも、テーブルも、
ここではそれが貫禄になる。
不公平な話ではある。


▲ 銀のトレーは、この街の作法らしい。


冷たいものを飲んで、
ひとまず暑さもましになったので、
店を出ることにした。

店を出て、しばらく歩いたところで、夫が言う。

「サングラス忘れた!」

夫だけがシュペールへ戻っていく。

私は八月の日差しに勝てず、
屋根のあるバス停で待つことにした。


▲ 誰かにとっては、いつもの午後。



だいぶ経って、
「床に落ちてたみたい」とサングラスを手に、
上機嫌で戻ってきた。

店員さんと雑談をしていたらしい。
こちらは暑い中、待っていたというのに。

ともあれ、クリムトが色鉛筆くらいは落としたかもしれない床に、夫はサングラスを落としたわけで。


▲ まだ歴史になる前の芸術が出入りしていた扉。


店が百年以上そこにあるということは、
きっとそういう日の積み重ねなのだと思う。

「誰がいたか」より、
「誰でもここにいた」と思えるほうが、なんだか豊かな気がする。


▲ いつかの新聞は、古いビリヤード台の上。


暑さから逃げ込んだ人も、
トイレだけ借りた人も、
恋人と喧嘩した人も。
絵の天才も。

いろんな人の往来が百年続いて、
「老舗」になる。


▲  「レモン入りの炭酸水だけで、
一日いる常連もいます」だって。



私がシュペールで座ったところで、
誰も噂してくれないし、本にも書かれない。

でも百年後、この場所がまだ残っていたら、
誰かはクリムトのいた時間だけでなく、
ここに積み重なった無数の名もなき午後にも思いを馳せるのかも。

歴史の端っこに、サングラスを忘れた夫と、
それを暑い中で待つ羽目になった私の午後も、ちゃっかり混ぜてもらおう。



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