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首謀者は、木製エスカレーターだった┊︎Antwerp🇧🇪

アントワープという街について、
ほとんど何も知らなかった。

名前は知っていた。

世界史の教科書の地図のどこかにあった
“ ア ン ト ワ ー プ ”。
地名というより、記号のように。

▲ 色のない街だと思っていた。


ベルギーにはいつか行きたいと思っていたけれど、
いつものように、その日は突然訪れる。

行くことになってから、少しずつ知った。

“世界でもっとも美しい駅”がある。
画家ルーベンスの街。
ドリス・ヴァン・ノッテンといえばこの街。


▲ アントワープ中央駅。
駅というには、壮大すぎる。


それから、『フランダースの犬』。

──といっても、ちゃんと見たことがない。

ネロとパトラッシュという名前は知っていて、
最後に教会で眠くなってきて、天使がやってくる。
ほとんどそんなイメージだけ。

同い年の夫もそうだというから、
たぶん世代的に、
『フランダースの犬』は、
いきなり最終回から始まる。


▲ 大聖堂の奥に、ネロが夢見たルーベンス。


そんなことを、旅の前に少しずつ知った。
山田五郎さんのYouTubeで、豆知識も仕入れて。

地図の上にしかなかったアントワープに、
駅ができ、大聖堂が建ち、
ルーベンスが現れ、
ネロとパトラッシュまでやってきた。

そうして私の中に、ひとつの街ができた。
古いヨーロッパの街。

実際、だいたいその通りだった。
そして少し、見慣れた景色だと思った。


▲ 450年分の時間が染み込む、
アントワープ最古のビアカフェ。


──ところが。

気になっていた“木製エスカレーター”を見てから、
アントワープの様子がおかしくなる。


▲ 1933年開通で、木製。
今もゴトゴト人を運ぶ。


階段も木。
手すりも木。
なのに、機械の顔をしている。

それを見た瞬間、あれ、と思った。

──ウェス・アンダーソンみたい。

とはいえウェス・アンダーソンに詳しくない。
観たことがあるのも、
『グランド・ブダペスト・ホテル』くらい。

▲ ストーリーより先に、色彩が記憶に居座っている。
(公式サイトより)


だから、たぶん、
かなり勝手なウェス・アンダーソンだったと思う。

でも、いったんそう見えてしまうと、
アントワープはもう元には戻れなかった。


▲ 街のあちこちに、その世界が広がっていく。
(マイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館)


左右対称のものがある。
ビビッドな色がある。


▲ 世界は、
こちらの注文どおりに見えるものらしい。


真正面から撮りたくなる建物がある。
陽気な色を着て、
寂しそうに座る人がいる。

見つけるたびに、またあった、と思った。
エスカレーターに乗る前は、
そんなものをひとつも探していなかったのに。


▲ 色彩は、すこしの影があったほうが色っぽい。


街は何も変わっていないのに。
勝手に、違う街を歩いている気分。


▲ 一度しか降り立っていない街に、
二度着いた。


黄色を探して歩けば、
黄色は急に増える。

丸いものを探せば、
意外と丸いものでいっぱいなのかもしれない。


▲ 同じ方向を向く人が三人。
物語は、それくらいで十分。



でも、アントワープがウェス・アンダーソンだった、なんて言ったら、映画にも街にも詳しい人から笑われるかもしれない。

なので、
これはここだけの話。


▲ 目にも、ひとつくらい秘密がある。


ガイドブックを作りに来たわけでもないから、
こんなアントワープがあってもいい。

あの日──
木製のエスカレーターを上がった先に、
もうひとつのアントワープがあった。



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