首謀者は、木製エスカレーターだった┊︎Antwerp🇧🇪
アントワープという街について、
ほとんど何も知らなかった。
名前は知っていた。
世界史の教科書の地図のどこかにあった
“ ア ン ト ワ ー プ ”。
地名というより、記号のように。

ベルギーにはいつか行きたいと思っていたけれど、
いつものように、その日は突然訪れる。
行くことになってから、少しずつ知った。
“世界でもっとも美しい駅”がある。
画家ルーベンスの街。
ドリス・ヴァン・ノッテンといえばこの街。

駅というには、壮大すぎる。
それから、『フランダースの犬』。
──といっても、ちゃんと見たことがない。
ネロとパトラッシュという名前は知っていて、
最後に教会で眠くなってきて、天使がやってくる。
ほとんどそんなイメージだけ。
同い年の夫もそうだというから、
たぶん世代的に、
『フランダースの犬』は、
いきなり最終回から始まる。

そんなことを、旅の前に少しずつ知った。
山田五郎さんのYouTubeで、豆知識も仕入れて。
地図の上にしかなかったアントワープに、
駅ができ、大聖堂が建ち、
ルーベンスが現れ、
ネロとパトラッシュまでやってきた。
そうして私の中に、ひとつの街ができた。
古いヨーロッパの街。
実際、だいたいその通りだった。
そして少し、見慣れた景色だと思った。

アントワープ最古のビアカフェ。
──ところが。
気になっていた“木製エスカレーター”を見てから、
アントワープの様子がおかしくなる。

今もゴトゴト人を運ぶ。
階段も木。
手すりも木。
なのに、機械の顔をしている。
それを見た瞬間、あれ、と思った。
──ウェス・アンダーソンみたい。
とはいえウェス・アンダーソンに詳しくない。
観たことがあるのも、
『グランド・ブダペスト・ホテル』くらい。

(公式サイトより)
だから、たぶん、
かなり勝手なウェス・アンダーソンだったと思う。
でも、いったんそう見えてしまうと、
アントワープはもう元には戻れなかった。

(マイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館)
左右対称のものがある。
ビビッドな色がある。


こちらの注文どおりに見えるものらしい。
真正面から撮りたくなる建物がある。
陽気な色を着て、
寂しそうに座る人がいる。
見つけるたびに、またあった、と思った。
エスカレーターに乗る前は、
そんなものをひとつも探していなかったのに。


街は何も変わっていないのに。
勝手に、違う街を歩いている気分。

二度着いた。
黄色を探して歩けば、
黄色は急に増える。
丸いものを探せば、
意外と丸いものでいっぱいなのかもしれない。

物語は、それくらいで十分。
でも、アントワープがウェス・アンダーソンだった、なんて言ったら、映画にも街にも詳しい人から笑われるかもしれない。
なので、
これはここだけの話。

ガイドブックを作りに来たわけでもないから、
こんなアントワープがあってもいい。
あの日──
木製のエスカレーターを上がった先に、
もうひとつのアントワープがあった。
