ゴトーに、22歳の続きを置いてきた
昔の時間のほうが、
いまよりも近い気がすることがある。
もうずいぶん前のことなのに、
そのままそこに戻って、
なにもなかったみたいに、続きを始められそうな。

つい立ち寄ってしまう街がある。
通り過ぎてしまうと、
なにかひとつ、やり忘れたような。
ひと通り歩くと、だいたい同じ順番で、
ここの扉を開ける。

たぶん、どの人にもひとつくらい、
時間の流れ方がおかしい場所がある。
月日が経てば、街も変わるのに、
変わっていないところばかりが目に入る。
四年間住んでいたマンションも、そのまま残っていて。
まだ覚えている4桁の暗証番号を押してみると、
(2513 都合いいさーと覚えてねと管理人に言われたのを今でも覚えている)
ガチャっと音がして、ちゃんと開いた。
びっくりするくらい普通に、
時間のほうが戻ってきて、
あの頃の一日が、また始まりそうな気がする。

当時のわたし。
だいたい誰かと一緒にいた。
決められた時間にはきちんと座って、
落としてはいけない単位だけは守りながら、
それ以外の時間は、“芝居”のまわりにいた。
舞台に立つこともあれば、
ただそこにいるだけの日もあって、
恋っぽいものも、だいたいそのへんで起きていた。
そこにいた人たちは、
どこか芸術家っぽい陰があって、
それぞれに癖のある魅力を持っていて、
人見知りのくせに明るくて、
うまく説明できないものばかりを好んでいたけれど、
稽古終わりには、だいたい空腹で機嫌がよかった。

あの頃は、
そういうものを、特性だとか欠陥だとかに分ける必要もなくて。
まだいろいろと分類される前で、
その個性のまま、息がしやすかった。

学生カップルが楽しそうに話している。
もう人生わかってます、みたいな顔で。
たぶん数時間後には、
「何食べる?」と言いながら、
どちらも何も提案しないことで、普通に揉めたりするくせに。
なんて思いながら、
わたしも、夫とは、あの頃のこの街から、
こうやって一緒にいるんだっけ。

店主に、
「私たち、卒業生なんです」と言ってみる。
──「そうなんですね」。
きっと、何度も繰り返されてきた会話。
この街を離れた人たちが、
時間や距離をまたいで、ふらっと戻ってくる。
席に座り、コーヒーを頼み、
それだけ確認しに来たみたいに、
またそれぞれの場所に戻っていく。

夫が、
「この街、整うね」と言った。
そうかもしれない。

もう、行かなきゃいけない時間があること。
22歳までの四年間をはしゃいで過ごしたこの街は、
今やもう、すっかり「あちら側」。
それでも、わりと長く効いている。
──22歳のつづきは、
まだこのへんで、時間をつぶしている。
