クモ膜下出血

明け方、身体のなかを獣が這いずり回るような違和感がある。これは一体なんだろう。普通ではない。

身体のなかの獣に引きずられるようにベッドから落ちた。そのあとは心配そうにする夫が目にはいる。大量の汗がわき出る。夫と会話してるつもりだが思うようにコミュニケーションがとれない。

これは一体なんだろう。

そのあとの記憶はとぎれとぎれで、救急隊員の顔、騒ぎに目が覚めたのか泣き出しそうな顔の娘。救急車のなか。サイレントの音、バイタルを確認する救急隊員。

「ここは◯◯病院です。手をあげてみてください。足をあげてみてください。」
酸素マスクがついている。血圧がモニタされている。ベッドのうえにいる。どうやらここは病院で私は確かに動けない。

娘が来る。
「ママ、クモ膜下出血だって」

中学校1年生になったばかりの娘にそれが正しく理解できていないことはわかる。でも、それが私に起こった事実であることも理解した。

クモ膜下出血であったことを理解した夜、携帯も当然ない状況でもともとあったクモ膜下出血についての乏しい知識をたどる。クモ膜下における出血だろし、一発で死ぬことも多い病気。再出血もあるのだろう。いまは生きているようだけど、再度出血があれば死ぬかもしれない。きっと死ぬ。

遅かれ早かれ私はクモ膜下出血で死ぬんだろう。
死ぬのであれば遺書を書きたい。銀行口座の所在?ネットバンクのパスワード?サブスクの解約?家族に伝えるべきことは?なにを伝える?

違う違う、私はは家に帰りたい。
点滴を外して家に帰りたい。
点滴を外したときについたのかシーツに血がついている。
病院の前にはタクシーがいるはずだ。さあ帰ろう。そこで看護師に囲まれる。医師もでてきた 。「落ち着いて!」
しばらくの問答ののち、看護師の言葉を覚えている。「あなたはクモ膜下出血なの!2週間は再出血しやすいから血圧をあげたくないの。じっとしててほしいの」
少しはっとする。

拘束帯が見える。「拘束はしないで」と訴えるがそれが看護師集団に伝わっているのだろうかと思った瞬間、力が抜ける。
おそらく私は鎮静剤を打たれた。

どのくらい時間が経ったのかもわからない。数時間なのか数日たったのかもわからない。

今度はひどい頭痛。頭のなかからハンマーで殴られているかんじ。同じリズムで持続的に。元々、いくつもの管につながれ動くことはできないはずだが、それを窮屈に感じる暇もなく頭が痛い。

「頭が痛いんだね。これはスパズムって言うんだ。いいかい、2週間我慢すること。2週間経てば必ず良くなる」

医師がベッドのそばに来て言う。2週間?そんなに長い間これを耐えろというのだろうか。もう無理なんじゃないだろうか。

ちがう。無理なのではなく、できることがなにもない。

鎮静剤も飲むが全く効いてる気がしない。氷枕も気休めになるかもと看護師が持ってくる。頭痛に悶えてるうちに氷枕はすぐどこかに行ってしまう。どこかと言ってもこれはICUのベッドのうえの出来事だけど。

2週間、なにかを食べていたのかいないのかも分からない。家族は面会に来ていたがうなずくだけで、響くように頭痛がしたことしか思い出せない。
日に日に消耗していくのがわかる。
色々なものが削がれるようになくなっていく。日常も希望も。
それでも頭のなかのハンマーは休まることがない。








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