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拝むだけでは、人は変わらない。慈光院で心に残ったご住職の言葉



今日は奈良の慈光院、矢田寺、松尾寺を巡ってきました。

その中でも、一番心に残ったのが慈光院でした。


慈光院は、拝観料1,000円で、お抹茶とお茶菓子をいただくことができます。


書院に座り、美しい庭を眺めながらいただく一服のお抹茶。

お茶菓子は、片桐家の家紋「違い矢(ちがいや)」があしらわれた特製の落雁です。


この落雁は、奈良で唯一の落雁専門店「御菓子司 丹波屋善康」が慈光院のために作られているものだそうです。落雁の中には餡が入っていて、上品な甘さがお抹茶によく合いました。

静かな書院でお抹茶をいただきながら、美しい庭を眺める時間は、とても贅沢でした。


庭園をゆっくり歩き、茶室を見学し、そのあと本堂へ。
慈光院の茶室について
茶室建築.comさまの投稿がわかりやすい!と思ったので
こちらに載せさせていただきます。


慈光院のご本尊は釈迦如来坐像。

藤原時代中期に造られた仏さまで、慈光院が建てられる以前、この地にあった寺院に祀られていたものを、開祖・片桐石州が自ら修復し、慈光院へ迎えたと伝えられています。

本堂の天井には龍が描かれていて、龍好きの私にはたまらない空間でした。

本堂の特定の場で手を叩くと音が反響して龍が鳴いているように聞こえる「鳴き龍」として有名。


帰ろうと廊下を歩いていると、小さな韋駄天さまの像が目に留まりました。

じっと見ていると、ご住職が声をかけてくださいました。

「これは韋駄天さまです。」

韋駄天さまは、お寺や仏法を守る守護神なのだそうです。

お釈迦さまが入滅されたあと、遺骨(仏舎利)が鬼に盗まれてしまいました。

そのとき韋駄天さまは、驚くほどの速さで鬼を追いかけ、仏舎利を取り戻したという伝説があります。

そのことから、仏法を守る守護神とされ、足の速い仏さまとして知られるようになったそうです。

そして、ご住職は笑顔でこうおっしゃいました。

「でも、韋駄天さまは皆さんの足を速くしてくれる仏さまではありません。」

思わず笑ってしまいました。

「仏さまを拝んだだけで、急に足が速くなりますか?なりませんよね。」

そして続けて、

「韋駄天さまは、足が速かったから、その才能を活かしました。この方は、一人ひとりがもともと持っている力や才能を伸ばしてくださる仏さまなんです。」

その言葉だけでも十分心に響いたのですが、ご住職のお話はさらに続きました。

「禅寺は、教えを説くところです。

拝んだだけで、人は幸せにはなれません。

昔は情報も少なく、拝めば状況が良くなると思われていた時代もありました。

でも今は、そうではないことを多くの人が知っています。

だから禅寺は、人がどう生きればいいのかを伝える場所なんです。」


禅寺の説法は、お坊さんが禅や仏教の教えを、日々の暮らしの中で生かせるように、やさしい言葉で伝えてくれる時間です。

そんなふうにおっしゃってました(記憶が・・・)

でも、難しい話を学ぶ場所ではなく、自分の心と向き合い、毎日を少し心地よく過ごすための時間。

そんな気持ちで、お話を聞けるようになるかなって思いました。


今、生きている私たちが、どう生きるか。

そのことを、ご住職は何度も伝えてくださいました。

そして、こんなお話もされました。

「なぜコロナは3年ほどで終息へ向かったと思いますか。

国民一人ひとりが、自分のためだけではなく、周りの人のためにもマスクをし、手を洗い、感染を広げないように行動したからです。

もし皆が自分勝手に振る舞っていたら、もっと多くの命が失われていたでしょう。」

確かにそうかもしれない。

自分がすでにもっているもので、人の役に立てることはなんだろう、何ができるだろう。
と、ふと考えた時間でした。

仏教は、お願いごとを叶えてもらうためにあるのではなく、

人としてどう生きるかを学ぶ教え。

そんな当たり前だけれど忘れがちなことを、改めて教えていただいた気がします。

帰る頃には、最初に見た韋駄天さまが、少し違って見えました。

「足を速くしてくれる仏さま」ではなく、

自分の中にある力を信じ、それを育て、人のために生かしていく。

そんな生き方をそっと教えてくださる守護神なのだと感じました。

今日の慈光院でいただいた説法は、お寺を出たあとも、ずっと心に残っています。

また行きたい場所のひとつとして
心のノートに記しておきたいと思います。

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