白くこびりつく繊維
傾斜のついた背もたれに
深く腰をかけ
相手が吐き捨てる
“職場の理不尽”
に規則的な頷きを返す
傾けて見せる頭部の角度は十五度
テーブルの中央に置かれた
冷たいアイスティーの結露が
木目調の天板に小さな円を描いて広がる
ただの聞き手であり
包容力に満ちた
避難所であるという演出
グラスの結露を人差し指の腹で
静かに拭い去り
話を阻害しない完璧なテンポで相槌を打つ
この空間における価値は
余計な自己主張を消し去り
承認欲求を
無傷で着地させる精度で測られている
脳内で次の
“適切な共感フレーズ”
を三パターン組み立て
氷を噛み砕くタイミングを待つ
感情を昂らせテーブルの端に
肘を強く突いた震動で
グラスの縁から
滴り落ちた大きな水滴が
広げていたスマホの画面に落ちる
完璧な傾聴者を演じ続けるため
慌てて画面を拭うような
粗雑な動作は許されない
あくまで穏やかな微笑みを崩さぬまま
卓上のペーパーナプキンを
静かに一枚引き抜き
片手で洗練された動作を維持しながら
画面の水滴を押さえようとしたけど
ナプキンは薄すぎた
水分を一瞬で吸い上げた紙片が
親指の爪の横にへばりつき
不細工にちぎれて画面上に白く残る
焦りを覆い隠すため
脳内の修正ロジックが高速回転する
指先で擦るのではなく
アイスティーの氷を揺らして一口飲み
その動作の余韻で
ナプキンを追加で取る
自然な流れを再構築する
グラスの細いストローへ唇を寄せ
ゆっくりと持ち上げたけど
急激に動かした指先に
ちぎれた紙くずがまとわりつき
持ち上げたグラスの底が
卓上のコースターに引っかかる
吸水性の落ちた紙製コースターが
斜めに跳ね上がり
横に置かれていた
アイスカフェラテのグラスを
側面から強打した
ガツンと硬質で不快な音が響く
倒れたカフェラテから
白いミルク混じりの液体が噴出し
勢いよく木目の天板を滑って
膝へと傾流する
言葉が止まる
手袋のように張り付いていた
“優しい笑み”のまま
硬直した視線は太ももへ落ちる
濃いベージュのチノパンが
生温かい液体を急速に吸い上げて
黒く変色していく
膝の上で丸まった右手の爪には
水を含んでドロドロになった
ペーパーナプキンの繊維が
白くこびりついたままだ
拭き取るためのナプキンを取ることも
声を上げることもできず
太ももから伝わる生ぬるい水分が
下着の縫い目に届く感覚に耐えながら
股関節を直角に曲げた姿勢のまま凍りつく
