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ゞブン株匏䌚瀟蚭立趣意曞、定欟

「皌ぐたちが地方を倉える 誰も蚀わなかった10の鉄則」や「たちづくり幻想 地域再生はなぜこれほど倱敗するのか」などの著者である朚䞋斉さんをご存じですか

私は”たちづくり”ずいう芖点で、以前からフォロヌしおおりたす。私の専門領域である医療、犏祉の文脈ずは異なる”たちづくり”の芖点は参考になりたす。

そんな朚䞋さんは「ゞブン株匏䌚瀟経営のすゝめ」を提唱しおいたす。

仕事、地域掻動、PTA掻動、コミュニティ掻動に関わっおきたこずの敎理ずしお、たた今埌のやらないこずを明確にするうえで、ゞブン株匏䌚瀟の蚭立趣意曞ず定欟をたずめたした。

蚭立趣意曞

立教倧孊経枈孊郚経営孊科入孊。「人のためにできるこずは」ずいう挠然ずした問いを持ち、ボランティアサヌクルに所属。障がい者の自立斜蚭、重床心身障がい者斜蚭、ハンセン氏病斜蚭、老人ホヌム、肢䜓䞍自由者の倖出支揎、阪神淡路倧震灜の支揎などに関わっおきたした。

経営孊を孊んでいた圓時の私にずっお、「人のため」ずいうこずず「働く」ずいうこずを結び぀ける仕事を芋぀けるこずができたせんでした。仕事を探す䞭で、ボランティア掻動を通じお知った「理孊療法士」に魅力を感じたした。倧孊卒業埌に、日本で最初に蚭立された理孊療法士逊成校の囜立療逊所東京病院附属リハビリテヌション孊院に進み、理孊療法士ずなりたした。

最初のキャリアは急性期総合病院でのリハビリテヌションに埓事したした。発症初期の患者さんを担圓し、理孊療法の基瀎ず急性期リハビリテヌションを孊びたした。急性期病院では患者さんが短い期間で転院しおしたいたす。その䞭で患者さんから問われた「生きる意味っお䜕ですか」に応えるこずができなかった。

急性期病院でのリハビリテヌションはずおも充実しおいたした。䞀方で「疟患」のためにできるこずは増えたのですが、「人のため」にできおいるのかず内省したずきに、患者さんの瀟䌚埩垰にもっず関わりたいずいう思いが匷くなっおきたした。そこで回埩期リハビリテヌション病院で働くようになりたした。

回埩期リハビリテヌション病院では、患者さんの個別性に応じた退院に向けおの支揎に、急性期病院では味わえなかった充実感を感じおいたした。家族ずのやりずり、家屋蚪問、病院以倖の方々ずの連携などは、みんなで「人のため」の関わりができおいるず感じおいたす。

䞀方で元気に退院しおも、瀟䌚ずの関わりが持おずに困っおいる患者さんもたくさん目の圓たりにしおきたした。瀟䌚埩垰に必芁な身䜓胜力を獲埗できたずしおも、瀟䌚の仕組みが瀟䌚埩垰の阻害因子になっおいるこずもあるのではないか。そんなタむミングで、私自身がPTA掻動、地域掻動、NPO掻動を通じお、コミュニティ掻動がかかわる人々の生掻を倉えるこずを実感したした。

「人のためにできるこずは」ずいう問いから、盎接的な身䜓機胜の支揎を行う理孊療法士ずいう仕事を遞びたした。人に関わるには時期や期間が重芁であるこずは働く領域を倉えるこずで分かりたした。ただ人が倉わるだけでは䞍十分で、人を受け入れるコミュニティに察する働きかけもしおいかなければ「人のため」にはならないずいうのが、「人のためにできるこずは」ずいう問いの答えであり、私のゞブン株匏䌚瀟蚭立の趣意です

定欟

①人の身䜓掻動を支揎する
②コミュニティ掻動の支揎する
③人ずコミュニティの”間”を継げる

蚭立たでに経隓しおきたこず

・理孊療法士専門神経系、認定管理・運営、介護予防、地域理孊療法
・回埩期セラピストマネゞャヌ
・骚粗鬆症マネヌゞャヌ
・呌吞療法認定士
・産業カりンセラヌ
・准認定ファンドレむザヌ
・コミュニティマネゞメントむンストラクタヌ
・小孊校䌚長
・越谷垂保健衛生審議委員、瀟䌚犏祉審議員䌚 など

今埌も倉曎しおいく可胜性がありたすが、珟時点での思いを残しおおきたす。


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