ニーチェの普仏戦争と「弱者への同情」について
昨日、
たまたまstand.fmのほうで、
ニーチェについての話を放送の中に交えたら、
それなりの反響をいただきました
勝手に「ドイツ哲学」話題などは
忌避されると思い込んでいたのですが、
興味をもっていただける方々がいるとは!
ということであれば、私の持ちフィールドである「現代テクノロジーの問題点」というテーマに絡めた形で、私がニーチェについて考えていることをここでオハナシします
ニーチェと戦争の関係について
哲学や文学に強い方ならば、
ニーチェの「戦争」に関するスタンスは
いまいち複雑であることはご存じの通りかと
だが、よほど、哲学者の「伝記的な事柄」に興味がある人でないと、
ニーチェが自ら志願兵として従軍した戦争体験者であることはなかなか知られていないと思います
対象は世界史の教科書で有名な普仏戦争で、
彼は兵役対象ではなかったにも関わらず、
祖国に対する義務を理由に志願して
看護兵として従軍しています
(本人の体調不良もあって
最前線に出ることはなかった模様ですが)
よく知られている通り、
ニーチェはその後の人生で
しだいに国家権力やドイツ帝国については
どんどん批判的になっていきます
それを見ると志願兵としてのキャリアも、若気の至りととらえられなくともないのですが、
晩年になるまで、ニーチェにはどこか、
「戦争や征服事業における強者を賛美するところ(ナポレオンやチェーザレ・ボルジアを評価するのはまだしも、ドイツ帝国について懐疑的なわりに、ビスマルクのリーダーシップには高評価を漏らすと、意外な態度です)」
そしてもっと重要なところとしては、
「弱者に対する同情は不要な感情」
と断じるところが往々にあります
この「歴史的な英雄への素朴な礼賛」や、キリスト教批判をやりたいがための勇み足(!?)かもしれない「弱者バッサリ論」は、もちろん、ニーチェ自身の本の中でも迷いや混乱を感じさせる文体の中で表現されているわけですし、
逆に、「ニーチェの言うことにはこのように危ないところもある」と自覚して読まないと、彼の本の読書は危険がいっぱいと思っていますが
今、2026年の状況を見るに、いちばん気を付けておきたいのは、
「強いリーダーシップ礼賛」や「マイノリティや社会的弱者へ同情する感情の批判」が、またしても現実の政治と合体しやすい空気が出来始めていることです
日本語にはまだ(ありがたいことに)輸入されていない、Suicidal empathyという、USAの一部界隈での流行語とか
「ニーチェも戦争に行っていた!」
「ニーチェも強いリーダーシップこそが歴史を動かすと言っていた」
「ニーチェも弱者への同情を否定していた」
というような「ニーチェの言説の切り取り」引用をする人には、とにかく、気を付けておくことにこしたことは、ありません
かつてニーチェといえば(ニーチェ本人の意図はともかく)ナチスに引用利用されたことで「危険思想」と捉えられていましたが、ナチスの時代が終わった後も、とにかく、
右でも左でもアナキズムでも、「過激なことを言いたい人」に、とにかく引用切り取りしやすい哲学者であるということには注意したいです
ですが、ややアクロバティックなことを申し上げるようですが、
このような「過去の哲学者の言説の、一部を切り取ること」や「拙速に読書をして誤読をすること」の危険性を指摘する名言もニーチェ自身が残しているので、なかなか、やはり、このニーチェという人は複雑で巨大です
「読者よ!用心したまえ!なにかしら途轍もなく悪辣なもの、意地わるいものが、そこにあらわれているのだ。パロディが始まる。それは疑う余地もない」
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