サンディエゴの雰囲気を与野に!ホップ香る華やかなビール造りを目指すGECKO BEERを立ち上げた理由とは
さいたま市・与野駅近くにあるGECKO BEERが、2026年5月からいよいよ醸造を開始。GECKO BEERは2025年4月にタップルームをオープンし、同じ建物の1階部分を醸造所として稼働しています。
代表の藤井俊太郎さんは、共同創業者の豊田拓未さんとともに、会社員として働きながらGECKO BEERを立ち上げ。なぜビールなのか、なぜ与野なのか、藤井さんにその思いをうかがいました。
サンディエゴの雰囲気ごと日本へ持ち帰りたい

――まずは、藤井さんがどうビールと出合ってきたかをうかがいたいのですが、もともとビールはずっとお好きだったんですか?
藤井:はい、もともとすごく好きで、ビール党という感じでしたね。飲み会に行くと必ずビールを飲んでいて、10杯ぐらいはずっとビールを飲み続けていたくらいで。
それはビールが飲める年齢になってからの話ですが、子どもの頃はいつも食卓に瓶ビールがあったんですよ。酒屋さんからビールを持ってきてもらっていて、祖父と父が飲んでるのを見て育ったっていう環境でした。
大人になってからはいろいろなビアバーも好きで行ってたんですけど、いわゆるビアスタイルはそんなに詳しくなくて、ただビールを飲むのが楽かったんですよ。
――その頃は大手ビールを中心に飲んでいたのかと思うんですが、いわゆるクラフトビールなども好きになったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか。
藤井:2012年に仕事でロサンゼルスに1年間行って、そこでシエラネバダのペールエールに出合いました。「あ、こんなビールがあるんだ」っていう、最初の「アハ体験」みたいなのがあって。ただ、1年で日本に帰ってきて、また大手ビールばかり飲む生活に戻ったんですけど、それが忘れられなかったんですよね。

――帰国してからもシエラネバダのペールエールがずっと気になっていたと。そして、2022年からはサンディエゴにMBA留学されたそうですね。
藤井:はい、2022年にサンディエゴに行ったんですが、2012年からの10年間でアメリカのクラフトビールシーンがかなり盛り上がったように感じました。サンディエゴはその中心地ともいえるところで、ストーンブリューイングをはじめとする苦味とキレのあるIPAを知って、もう沼にハマってしまいましたね。
ブルワリーホッピングをしながら、ビアスタイルの違いも体系的に学んだという感じです。
――サンディエゴのブルワリーやビアバーはどんなイメージだったんでしょうか。
藤井:カフェに近いような感じですね。どこもだいたい昼間から開いていて、みんなライトにビールを楽しんで交流して帰っていく。ビールが生活の一部で、老若男女問わず楽しんでいるんですよ。
子供もビールは飲まないけど、その雰囲気に溶け込んでいるんです。ビールに詳しくてギークな人ばかりかというと、全然そんなことなくて。みんな普通に楽しんでいました。
そんな風景を見て、「サンディエゴスタイルのクラフトビールを、雰囲気ごと日本に持ち帰りたい」と思ったんです。
アメリカでの出会いをきっかけにビール起業へ

――そこまでのめり込んで、しかもアメリカで醸造学校にまで行かれたというのはすごいですよね。最初から「ビールで起業する」と決めていたんですか?
藤井:アメリカでは趣味でホームブリューイングを始めて、そこから醸造学校にも行って、実際にCulver Beer Co.というブルワリーでインターンもやらせてもらいました。
最初からビールで起業しようと思って始めたわけではないんですよ。仲間ができてネットワークもできて、MBAのプロジェクトで事業アイデアを考える機会があって、いろんなことが重なった結果、徐々に「日本でブルワリーをやるんだ」というのが固まっていったんです。
――共同創業者の豊田さんも同じMBAで出会ったんですよね。
藤井:はい、頼れるパートナーです。何でも高いレベルでできてしまう優秀さがありつつ、ちょっと天然なかわいいところもある(笑)。MBAのプロジェクトを一緒に進める中で、「日本に帰ってからも一緒に何かやりたい」と自然に思うようになって、声をかけました。
――ちなみに「GECKO」はどういった由来なんでしょうか?
藤井:英語では「Moonlighting」という言葉があるんです。「月明かりの下で働く」という意味で、本業とは別に自分の挑戦を続けることを指すんですが、自分たちに合っていると思って、「Moonlight」にしたいと思ったんですよ。
ただ、同名のブルワリーがすでにあって。日本語の「月光(ゲッコー)も考えたんですが、しっくりこなくて結局たどり着いたのがヤモリを意味する「GECKO」でした。
ヤモリは、日本でも家を守って幸福を呼ぶ存在として親しまれていて、小さくても壁を登り、どんな環境でも生き抜く生き物なんです。それを自分たちに重ね合わせて、「GECKO」と名付けました。
生まれ育った地元だからこそわかること

――その「GECKO BEER」をなぜ与野で立ち上げたのか、という点もうかがいたいです。売上だけみたら都内で立ち上げるという考え方もありますよね。
藤井:理由は3つあるんですが、1つは、ここが僕が生まれ育った地元なんですよ。住宅街が与野駅周辺に広がっていて、人の流れが感覚的にわかっていたんです。
2つ目は、浦和にも大宮にも醸造所があるんですけど、与野にはまだないということ。このエリアから人が集まってくれるだけで、十分ビジネスとして成り立つと思ったんです。
3つ目は、さいたま新都心駅近くにあるさいたまスーパーアリーナで「けやきひろばビール祭り」が年2回開催されていて、地元の人にビールを受け入れる素地があるだろうと感じたことです。与野はさいたま新都心の隣ですし、けやきひろばに一番近いブルワリーになれるっていうのも大きかったですね。
――そういった理由があってこの場所を選んだんですね。
藤井:最初はさいたま新都心で探してたんですけど、なかなか条件の合う物件がなかったんです。そんな中、不動産屋から新築物件の情報をもらったんですけど、子どもの頃に利用していた文房具屋さんがあった場所だったんですよ。
それがこの建物なんですが、すごくご縁を感じてますね。

――そして、醸造所も立ち上げるということですが、今も会社員として働いているんですよね。会社員と並行して事業を行っているのはどういった理由があったんでしょうか。
藤井:1つは、挑戦を長く続けていくためのバランスですね。子どもがまだ小さいのですが、タップルームも醸造所も大きな投資なので、リスクテイクしながらも持続できる形を意識しています。
もう1つは、会社員としての経験とビール事業が、すごく良い形で相互作用している感覚があるんです。会社では、大きな組織の中で長期的な視点や再現性、チームで成果を出すことが求められます。一方で、ビール事業では、意思決定のスピード感や、ゼロから事業をつくる感覚を日々経験しています。
それぞれで得た学びが自然ともう一方にも活きていて、お客様とのコミュニケーションやコミュニティづくりにもつながっていると思います。今はどちらか一方というより、両方を続けながら、自分なりの形をつくっていきたいと思っています。問題はリソースですけど(笑)。
ホップ香る華やかなビールをこの街の定番に

――タップルームをオープンさせてから1年経ちましたが、手応えはいかがですか?
藤井:おかげさまで順調で、最近は想定を上回ってきてる感じもあります。お客様についていただいたことが大きくて。ここに来てくれてよかったって言ってくれる方もいらっしゃいますし、今までビールを飲まなかったのにここでビール好きになったっていう方も結構いらっしゃるんです。地元の方の生活の一部になっていると感じる瞬間が一番嬉しいですね。

――サンディエゴのカフェみたいな雰囲気を目指してるというお話でしたけど、近づけている感覚はありますか?
藤井:まだまだですね。アメリカでロシアンリバーブルーイングを訪れたんですが、オープン前に20人くらいの列ができてたんですよ。お昼の11時に地元のおじいちゃんや家族連れが並んで、オープンと同時に満席になって。あれが目指す姿ですね。
――ブルワリーとしては、販路を拡大して多くの人にビールを飲んでもらいたいという考えもあれば、地元の人たちに欠かせないビールを造りたいという考えもあると思います。藤井さんはどちらのイメージですか?
藤井:その間かなと思っています。僕が大好きなブルワリーであるシエラネバダも、ロシアンリバーも、ストーンも、地元に熱狂的に愛されてきたからこそブランドを確立して、拡大できたと思うんですよね。地元でしっかり支持されることが、結果的にブランドの強さにつながると思っています。そこが伴わないまま急いで広げようとすると、自分たちが大切にしたい品質やカルチャーとのバランスを取るのが難しくなる気がしています。
――そのためには、どんなビールを造っていこうと考えていますか?
藤井:新しいビールも造っていきたいですが、必ず飲める定番ビールがあるといいなと思っています。何度飲んでも飲み飽きない、ホップが香る華やかなビール。それがこの街の定番になったら嬉しいなと思います。
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