「言葉」と「死」
こんにちは。真白です。
突然ですがあなたは人類史において最も人を殺した武器は何だと思いますか。
私はタイトルに書いている「言葉」こそが最も人を殺してきた武器だと考えています。
今回はそんな「言葉」と「死」の関係について考えてみたいと思います。
最後までお付き合いください。
人を殺す武器
私は「言葉」こそが最も人を殺していると冒頭で意見を述べましたが、それを鵜吞みにしてはいけません。
もちろん信じることも大事ですが、情報を何でも信じることはある意味では無関心だともいえます。
なので、いくつかの武器を例として紹介しながら考えてみましょう。
最も人を殺した武器というと、多くの人が想像するものは「銃」や「刀」や「剣」などがあるかと思います。
実際、記録上で殺した数が推定できるという点では「銃」が最も多くの人を殺していると言われています。
ただ、銃が作られてから現在までは1000年程度しか経っていません。
それに対して人類の歴史は700~800万年ほどあります。
そんな長い人類の歴史の中で1番長く使われている武器が槍です。
そのため、物理的な武器として人を最も殺しているものは具体的な数は記録上に残っていないものの「槍」が1番の有力候補かもしれません。
共通して言えることは、どちらも「点」を狙った攻撃方法だということです。
人間の身体の構造上、心臓や頭や喉など「点」を狙う攻撃の方が致命的なダメージを与えることができるからです。
では、「言葉」の攻撃はどのようなものなのでしょうか。
「言葉」と「死」の関係性
「言葉」と「死」の関係は非常に密接なものであるとほとんどの人が理解しています。
また、「言葉」が「死」の原因の1つとして扱われることは少なくありません。
しかし、死因が「言葉」とはならないように、「言葉」は直接的に人を死に至らせることはめったにありません。
多くの場合は間接的に見えにくい状態で相手に影響を与えています。
特に難しいところは同じ「言葉」であっても相手や状況によって全く見え方が違ってくる点です。
ある人にとっては何ともない「言葉」でも別の人にとっては耐え難い気持ちにさせる「言葉」ということもあります。
だからこそ、「言葉」を使う私たちは1つ1つの言葉に細心の注意を払わなければなりません。
拡大的な解釈をするならば、「銃」や「槍」での殺し合い(戦争など)が起きる原因も元をたどれば、「言葉」によってもたらされた人の行動と考えることもできます。
「言葉」の可能性
私は冒頭で人の命を最も多く奪った武器は「言葉」だと述べました。
しかし、「言葉」は全く逆の可能性も秘めています。
それは人の命を救う可能性です。
「言葉」は最も人の命を奪った武器であると同時に、これまで最も多くの人の命を救ってきたものでもあります。
もちろん簡単なことではありませんが、どんな争いごとも悩みごとも「言葉」は解決できる可能性を持っています。
まとめ
少し話題が広くなってしまい言葉足らずで考える余白の多い記事となりましたが、長くなりすぎると読む方が疲れてしまうのでここまでにしたいと思います。
私は「言葉」で誰かを救いたいといったようなことは考えていません。
1人でも多くの人に届く「言葉」を残したいと思っています。
あなたは今日、どんな言葉を選びますか。
最後に
ここまで読んでくださりありがとうございます。
よかったら「言葉」に対する思いをコメントにおいていってください。
ではまた次回の記事で。
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刺身食べるのに使います。