“老爺心”――「民主主義? 何それ」ってか?――【エッセイ】二〇〇〇字
最初になぜか、モップス。『たどり着いたらいつも雨降り』(◎_◎;)笑
「国あっての私、オレ。ちょっとくらい自由が制限されてもしかたないじゃん」
と、「国のためなら、安全のためなら、それくらいは」と思う人もいるかもしれない。しかし、その「ちょっと」は誰が決めるのだろう。そして、本当に少しのままで終わるのだろうか、そこが一番怖い。
「人権 > 国家」か
「人権 < 国家」か
このどちらの考え方をとるかによって、大きく異なる。
もちろん国家は必要である――国家のない地球だって、考えられないわけじゃないけど。
法律も警察も、自衛の仕組みも必要だ。しかし、国家は何のために存在するのか。その答えによって、社会の姿は大きく変わる。私は迷わず、「人のために国家がある」と考える。国家は目的ではない。人が安心して暮らすための手段なのである。
ところが最近、その優先順位が少しずつ逆になってきているようだ。
国家情報局、スパイ防止法、緊急事態条項、国旗損壊罪など、「国論を二分する」政策や構想が相次いで示され、「国を守るため」という言葉が繰り返される。
それぞれの是非を論じることは、ひとまず脇に置くが、私が気になるのは、その背景にある考え方である。国家を守ることが優先され、そのためなら個人の自由や人権はある程度制限されてもやむを得ない――そんな空気が、社会全体に静かに広がっているように感じるのである。
もちろん、安全は大切だ。犯罪は少ない方がいい。テロも防がなければならない。しかし、安全は人権を守るための手段である。車を安全に走らせるためにシートベルトは必要だが、命を守るためだからといって、運転席を鉄板で囲い前が見えなくなってしまっては意味がない。安全対策が、人間の自由を押しつぶすようになれば、本末転倒なのである。
高校時代、二人の哲学者の考え方を習った。
十七世紀の哲学者トマス・ホッブズは、『リヴァイアサン』で強い国家の必要性を説いた。人間は放っておけば、「万人の万人に対する闘争」に陥る。だから秩序を守る絶対的な権力が必要なのだ、と。当時のヨーロッパは宗教戦争が続き、人々は平和よりも、まず生き延びることを求めていた。その時代背景を考えれば、この思想は十分理解できる。
しかし、人類はそこで思考を止めなかった。国家は誰のために存在するのか。その問いに対し、ジョン・ロックは「国家は人権を守るために存在する」と考えた。国家のために人間がいるのではない。人間のために国家がある。この発想が近代民主主義の礎になった。民主主義とは、「人権 > 国家」という考え方を、制度として形にしたものだと思っている。
民主主義は、決して完全な制度ではない。間違った政治家を選ぶこともある。時間もかかる。効率も悪い。しかし、それは人間が不完全な存在だからである。だからこそ、一人の権力者にすべてを任せず、権力を分け、互いに監視し、失敗したら選挙でやり直す。民主主義とは、人間の善意を信じる制度ではなく、人間は誤るという前提に立ってつくられた知恵なのである。
ところが最近、民主主義そのものが少しずつ後退し始めているように感じる。政府への批判は以前よりしづらくなり、メディアも権力の監視をためらい、司法も行政をチェックする力が弱まってきているように見える。もちろん、まだ自由はある。しかし、その自由が少しずつ狭まっていることに、多くの人が気づいていないのではないだろうか。私たちは、当たり前になったものほど、その価値を忘れてしまう。民主主義も、そんな存在なのかもしれない。
少し想像してみてほしい。この流れがさらに進んだらどうなるだろう。政府を批判すると、「国家への反逆だ」と言われる。そんな空気が広がれば、メディアはさらに自主規制を強め、政権への批判を控える。学校では「国への忠誠」や「“和”が大切」と繰り返し教えられる。反対意見を述べる人は、「変わった人」と見られ、やがて「危険な人」と呼ばれる。あの“普通でなかった日本”では、「非国民」と呼ばれた。
それでも選挙はある。議会もある。為政者は「民主主義国家です」と胸を張るだろう。中国もそう言う。ロシアもそう言う。
民主主義とは単に選挙があることではない。権力が互いを監視し、少数者の権利が守られ、国家よりも人権が上位に置かれていること。その仕組みがあって初めて民主主義は成り立つ。
民主主義は完成すれば永遠に続くものではない。放っておけば、少しずつ後戻りしてしまう制度なのである。今は、後戻りの始まりかもしれない。“老爺心”ながら、思う。
一九七二年、私が大学へ入学した年に流行った曲。ザ・モップスの『たどり着いたらいつも雨降り』。民主主義も、たどり着いてみれば、いつも雨降り。不満もある。不便もある。面倒なことも多い。それでも、人類が長い時間をかけてたどり着いた、大切な制度なのである。
ん? ホッブズ違い? ってか?(◎_◎;)笑
(おまけ)
きょうは、「毎日新聞」。粛々と進められる「国民投票改正」。毎日新聞だけがきょう一面で扱っていました。「国民」さんも一緒になって進めているんですよ。

