何かになるよりも、何かであり続けることのほうが難しいという話。|2025,Week49.
基本的にフルリモートの仕事をしているから、誰かと直接会う機会は多くありません。多くて月に数回程度というところだろう。前月は特に少なくて2回しかありませんでした。
その時に少し困るのが、いわゆる「名刺交換」で。僕が最初に入った会社は、最初の1週間をビジネスマナー研修に充ててくれていて(今思えば数十人しかいない小さな会社だったのにありがたい)、名刺交換はかなり時間をかけてお辞儀の角度だとか名刺の渡し方だとかを教えてくれた。おかげで一通り、恥ずかしくないレベルでできるようになったと思っているけれど、こうして人と会う機会が少なくなってくると「あれ、名刺ってどうやって渡すんだっけ」と不安になることもまあまあある。両手で持って渡すんだよな、相手と同じタイミングで出すんだよなって一瞬パニックになりかけてしまいます。ま、そのマナー研修のおかげで難なく交換できるくらいには身体に染み付いているのだけども。

ただ、話はここからで。名刺交換のときに所属や役職、役割を一言添えるじゃないですか。そのときに「俺は本当にその所属・役職・役割でいいだろうか」とも思ってしまうんですよね。肩書はあくまで他者と自分を区別する、ある種のラベルに過ぎないけれど、それに見合うだけの自分でいるのだろうかと、自問してしまいます。例えば、僕であればプランナーの廣内ですとか、コピーライティングを担当しますとか。もちろん、そこに間違いはないのだけれど、果たしてそう名乗れるだけの仕事を自分はしているのだろうかと、名刺を交換したり、人に自己紹介するときに一瞬、頭をよぎってしまう。
例えば、僕でいうところの「コピーライター」という肩書は、こう言っちゃ語弊があるけれど「誰でも手に入れられる」。公的なものでもないし、誰かが定義を決めたものでもない。医師とか弁護士は名乗るためには国家資格が必要だけど、ことコピーライターに至っては、これを読んでいるあなたも今日から名乗ることができます。実態はどうであれ。
映画『チェ 39歳 別れの手紙(2008)』

『チェ 39歳別れの手紙』という映画を知っていますか。言わずと知れた革命家、チェ・ゲバラの人生を綴った二部作の後編です。前作はチェがキューバのシエラ・マエストラを拠点にゲリラ活動を行いキューバ革命を成功させるまでを描いているが、本作ではチェの後半生、つまりキューバを離れたあとのボリビアでの革命闘争を描いています。いわば、チェの最後の341日間。
ハバナ、農業の年
フィデル
私は今 多くを思い出している。
マリアの家で君と出会ったこと、革命戦争に誘われたこと、準備期間のあの緊張の日々。
死んだ時は誰に連絡するかと聞かれた時、現実に死を突きつけられ慄然とした。後にそれは真実だと知った。真の革命であれば勝利か死かしかないのだ。
私はキューバ革命で私に課された義務の一部は果たしたと思う。だから別れを告げる。同志と君の人民に。今や私のでもある人民に。
私は党指導部での地位を正式に放棄する。大臣の地位も、司令官の地位も、キューバの市民権も。
今、世界の他の国々が私のささやかな助力を求めている。君はキューバの責任者だからできないが私にはできる。別れの時が来たのだ。もし私が異国の空の下で死を迎えても、最後の想いはキューバ人民に向かうだろう。
とりわけ、君に。
この映画は、カストロがチェから託されたという「別れの手紙」を述べることから始まる。1965年の5月ごろ、ひっそりと姿を消したゲバラに対して居場所はどこだという声が日に日に高まっていたからだ。あるものはフィデル・カストロが粛清したんじゃないかという始末。高まる要求に答えるかたちで10月3日、キューバ社会主義革命統一党が名称を「キューバ共産党」に変えたその日、カストロがその手紙を読み上げた。
権力というのは不思議なもので一度それを手にしてしまうと、それを維持することに躍起になってしまうものだと思う。例えば、せっかく手にした役職を離すまいとする姿とか。僕らの周りにも、そして自分自身にも、少なからず似たような経験はあると思います。

僕らでさえそうなのだから、こと革命という国家規模での権力を手にしたときに、進んでその地位を捨てられるかといえば。うーんと、唸ってしまうのではないだろうか。ある意味で当時のゲバラは、フィデル・カストロとならんで革命の二大巨頭なわけで。欲しいものは何でも手に入ったろうし、それを認める人も多かっただろう。
きみやわが国民にいいたいことは尽きないのだが、その必要はないようだ。言葉はぼくのいわんとすることを表現できないし、これ以上は紙をよごすことに値しない。
永遠の勝利まで。祖国か死か。
ありったけの革命的情熱をこめてきみを抱擁する。
しかしチェは、キューバ革命の指導者たる地位を捨て、その地を後にする。新たな革命闘争の地を求めて向かった先はコンゴ、そしてボリビアだった。
何かになることよりも、何かであり続けることの難しさ
人が革命家になるのは決して容易ではないが、必ずしも不可能ではない。しかし、革命家であり続けることは、歴史の上に革命家として現れながらも暴君として消えた多くの例に徴するまでもなく、きわめて困難なことであり、さらにいえば革命家として純粋に死ぬことはよりいっそう困難なことである。
僕が強調しておきたいのは、ここでとやかくゲバラやキューバ革命への賛否を述べたいわけではないということ。そんなことをしても仕方ないし、もはやキューバ革命は昔の遠い記録になろうとしているから。それに、僕自身のスタンスとしては基本的にノンポリでありたいと思っているので、極力その手の言及は避けたいとも思っている。
ただ、やはりチェ・ゲバラの行動が、僕らにある種の「美学」を伝えていることもまた、事実であると思う。キューバにおける最高権力者たる地位を約束されていながら、あえてまたジャングルに身を投じゲリラ戦を展開するということ。まさにそれは革命家であることを自認し、そして革命家で「あり続けること」を選んだチェ・ゲバラ自身の"証明"だったのだと思わされます。

さて、翻って冒頭の問い。コピーライターになることは簡単、今すぐにでもなれる。が、果たして今、自分はコピーライターとして名乗るべき存在なのかどうか。まあ、チェと自分を比べることはおこがましいのかもしれないけれども、あの端正で透き通ったチェの眼差しに見つめられると、口ごもってしまう自分がいるというのは、そういうことなんでしょう。まだまだ、これから、やることは山積みです。
七日、ゲリラ活動開始以来一一ヶ月たった。一二時三〇分まで面倒なことも起こらず、牧歌的な時間が過ぎた。間もなく、われわれのキャンプしている谷間に、老婆がヤギを追いながらやってきたので、しかたなく捕まえる。この老婆からは兵隊の動静について何一つ的確な情報は得られなかった。兵隊のいるところへ行ったのはもうずっと前のことで、何も知らないというのだ。
…中略…
われわれ一七人は欠けた月を仰ぎながら出発。行軍は苦しく、谷にはたくさん足跡が残ってしまった。近くに人家は見当たらなかったが、谷川から水をひいて灌漑したジャガイモ畑がある。二時に休憩。これ以上進もうとしても無駄だ。チノは夜間行軍の際はまったく厄介者だ。
政府軍は包囲したゲリラ隊三七名の脱出を阻止するため、セラノに二五〇人の兵力を配置したと、おかしな情報を流している。われわれがアセロ川とオロ川の間にひそんでいるというのだ。このニュースには陽動作戦の臭味がある。
標高二〇〇〇メートル。
生前、彼が書き続けていたという日記は、1967年10月7日で止まっている。
チェといえば、タバコですよね
もはやチェといえばTシャツのイメージしかないけれど、僕的にはタバコのほうが印象深いですね。大学に入ってすぐの頃、仲良かった一個上の先輩が美味しそうにタバコのチェを吸っていて。ああ、こんなこと書いてたらチェが吸いたくなってきましたね。でも、チェって普通のコンビニじゃ売ってないんですよね。うーん。どうしたものか……。もし、チェのタバコを売ってるコンビニを知っていたら、僕に教えてください。
