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「異動」の趣旨

 仲良くしていた機器販売の担当者が異動になった。行き先はお江戸だ。

 彼は非常に優秀で、我慢強い。元々関東圏の出身だと聞いていたから、実家の近くに転勤だし、シゴデキの彼のことだから、間違いなくご栄転だ。彼を失うのは不本意だが、祝わねばならない。

 日頃から奥様とラブラブしていたので、きっと一家でお江戸に行くのだろうが、その日程の目まぐるしさにびっくりしてしまった。辞令が出て、2週間でお引越しを完了するよう言われたそうだ。奥様がぷんすか怒っていたらしい。無理もない。

 会社の異動はどういった趣旨で行うのだろう。置かれた環境で根を張り、芽を出し、やがて花が咲くまでしばらくかかる。いくら彼がシゴデキでもまた新たな人間関係を構築するのは一苦労だと思う。仕事には入念な根回しがつきものだし、結局、最後は人と人との関係性で成り立っていく。もし、会社が彼に変わらぬパフォーマンスを期待しているとしたら、大きな大間違いだ。

 そう言えばジュラ紀、医局に所属していた私も、それくらいの日程で異動を命じられたことがある。会社なら引越し代金を多少は出してくれるかもしれないが、医局は単なる権利団体であるだけなので、その費用など、びた一文負担することはない。気まぐれに、「どこそこへ行って」とまるでこの手紙出しておいてね、の感じで言い放つだけである。

 ギョーカイ、医局の人事に従って10年ほどは異動の可能性がある。ベテランになれば部長職などに就任し、滅多なことで動かされることはなくなるが、承認欲求の強い教授なんかだと、就任直後、自らの権力を示すためだけに一斉に部長を動かした科もあるそうだ。人間をチェスの駒と勘違いすると、そういった暴挙に繋がる。相手は生身の人間だぞい。

 転居先を探して内覧したり契約したりから始まり、引越し業者を探して見積もりを取り、契約し、日程を決め、荷造りをし、各種変更手続きを行う過程のなんと過酷なことよ。その間に通常の診療が止まることはないし、なんならたまに担当患者が急変しちゃったりなんかして、全てをそつなく終えることなど、到底ミッションインポッシブルだ。加えて、異動先の上司が気難しくて、挨拶がまだない、とか持参した菓子が気に入らない、とか、臆面もなく理不尽を言い出すことが平成の時代にはまだあった。

 子供がいるとさらに難易度が加速する。今通っている保育園に入れたことすら奇跡だと思うのに、見知らぬ土地で探せだと?まるでサーカス芸。実家に頼れない場合、子のサポート体制もまたゼロから作り直しだ。

 そうまでして「異動」させたい趣旨は一体、なんだろう。教えてほしい。

 転がる石に苔はつかない、という諺には悪い意味も良い意味もある。
良い意味は変なしがらみが少ないということであり、悪い意味は大事なことが身につかないということである。
 「異動」という名の転石は、一体どちらに属しているだろうか。

 もちろん、ギョーカイでの異動は、若いうちに様々な医療機関に行くことで多種多様な技術を身につけ、かつ磨くという側面がある。だが、当の本人の生活基盤が整わず、それに多くのエネルギーを割かねばならないとしたら、その趣旨はまるで本末転倒であるとは思わないか?

 あなたの能力を買って、というなら引越し先や保育園、各種手続きを代わってくれれば良いのだ。社会人たるもの、涼しい顔で難なくこなせというには、令和の世の中は複雑すぎる。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、件の彼はニコニコと別れの挨拶をし、「お江戸に来ることがあったら飲みに行きましょう」と嬉しい社交辞令を言ってくれる。危ないな、そんなことを言われたら、なんとしてでもお江戸へ行く用事を拵え、お土産持って飛行機に飛び乗るがいいか(いいわけない)。
 シゴデキの彼はおそらくその類稀なる社交性を発揮し、あっという間に神田川の水に馴染んでしまうだろう。引き止める手段も権力もないので、彼のこれからの幸多からんことを、今はただ祈るのみである。

 お元気で。行ってらっしゃい。





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