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ご利用は計画的に。

コムスメの研修が終わろうとしている。
新しい病院に異動するので、有給休暇を使って引っ越し作業をする予定になっている。

 実は、オットも私も、自分の有給休暇がどれくらいあって、どんなふうに使えば良いのか意識し始めたのは五十の声を聞いた、つい最近である。それまでは、年中無休24時間365日勤務が基本で、担当患者の急変はともかく、何かしらの事務手続きや処方の追加までもが基本、「担当医」がする仕事とされていた。それが当たり前で、有給休暇の存在を忘れていたと思う。しかも誰もそのことについて注意喚起をしないので、今まで勤務していた病院で虚しく消失していった有給休暇たちが成仏できずにどこかで彷徨っているに違いない。

 ジュラ紀。休みを申請するなど、害悪であり罪であるとされていた。

 研修医2年目、土日と祭日を利用し旅行に行ったことがあったのだが、連休明け、指導医がやたら不機嫌で、「沖縄に行ったんだって」とぶりぶり怒っていた。私に連絡がつかないとすぐ上の指導医に全ての雑事が集中する。サボったわけでもなんでもなく、事前に予告し数日間南の島へ遊びに行った、それだけなのだが、研修医のくせに生意気な!というわけである。誰も食べてくれないちんすこうは、いつまでも医局のテーブルでひっそりと乾いていた。辛い記憶。

 強烈に有給休暇を意識し出したのは平成も終わりの頃。もはや押しも押されぬベテランになってからだ。その頃になると誰も私が休みを取っても文句が言えない強さを持つようになっていたから、平日の昼間にしかできない用事を済ませながら背徳感に酔いしれた。管理職になった今なら、有給休暇を使わせないなど言語道断で、いちいち上が不機嫌になる理由など何もないとわかる。それすら、大きな声で指摘できない時期があった。

 思えば、コロナ禍以前は、熱が出ようが意識が朦朧としようがサージカルマスクを三枚重ねれば誰にも感染しないと言われてそのまま執刀、業務もきっちりこなすことを要求された。私もオットもそのことを当たり前に受け止め、むしろ頑強で業務を1日も休まないでいられることを美徳としていたと思う。我が子の参観日どころか、卒業式や入学式ですら、遠慮しいしいの出席で、上司が「有給休暇を申請してね」と言ってくれることなど皆無だった。有給休暇の暗黒時代である。

 今や、コムスメは当然のように「有給休暇がこれくらい残ってるから」と口にする。そのたび休みを与えられず苦しかったかつての私が切なくて、胸の奥がきゅっとなる。「私が休んだらきっと迷惑がかかる」と思い込んでいた、あの日。あの時1時間でもいいから休暇が取れていれば、また違った人生があったような気がする。

 土日祝日を十分に休めて、権利として付与された有給休暇を当たり前のように消化できる幸福よ。それは夢のような物語である。実際のところ、一国のトップでもない限り、その代わりが務まらないなんて事態は発生しないので、大いに有給休暇を楽しみ、利用して良いのだと声を大にして言いたい。・・・とはいえ、誰かから「あの時、休みやがって」と言われるのも損だ。どこにでも揚げ足を取ってくる輩は存在するので。

 ご利用は計画的に。LINEの既読無視と同様、有給休暇の消化は品良く行わねばならない。いわばそれは、令和の新しいコミュニケーション技術である。

 

 

 

 

 

 

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