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なぜ“ありがとう”を描いたのか:連続小説『共生の黎明』に込めた想い

皆さま、いつもありがとうございます。

今回は、この物語の原点でもある「ありがとう」に込めた想いについてです。

『共生の黎明』を書き進める中で、私は何度も「ありがとう」という言葉を書いてきました。

大きな出来事の中だけではありません。

何気ない会話の中で。

小さな助け合いの後で。

静かな日常の片隅で。

それは、この物語において「ありがとう」が、とても大切な意味を持っているからです。

今の社会は、とても便利になりました。
欲しいものはすぐに届き、離れた場所とも瞬時につながることができます。


けれどその一方で、

誰かに頼ることへの不安、
比較され続ける苦しさ、
“役に立つ価値”だけで測られる感覚、
孤独、

そうしたものも、少しずつ広がっているように感じていました。
そんな時代の中で、私はふと思ったのです。
「人を本当に支えているものは、何だろう」と。

もちろん、お金や制度は大切です。
けれど、人が苦しい時に最後に支えになるのは、

誰かの優しさ、
小さな気遣い、
“見てくれている”という感覚、

なのではないでしょうか。

そして、その循環を生み出す最初の言葉が、
「ありがとう」
なのだと思いました。

“ありがとう”は、不思議な言葉です。
ほんの一言なのに、

誰かの心を少し軽くしたり、
「自分はここにいていいんだ」と感じさせたり、
また誰かに優しくしようと思わせたりする、

これらの力があります。
それは数値では測れません。
けれど確かに、人と人の間に温かい循環を生み出している。

私は、その“小さな循環”を書きたかったのです。

『共生の黎明』に登場する「アヤ/ユラ」や「感謝の循環」も、単なる新しい仕組みを書きたかったわけではありません。

描きたかったのは、
「人の優しさが、きちんと社会の中で息をできる世界」でした。

今の社会では、優しさや思いやりは、ともすると“見えないもの”になってしまいます。
けれど本当は、そうした小さな行為こそが、人と社会を支えている。
私は、そう感じています。

だからこの物語では、
大きな英雄よりも、
小さな“ありがとう”を大切にしました。


誰かのために差し出された温かい飲み物。
静かに寄り添う会話。
「大丈夫」と声をかける勇気。

そうした小さな灯が、少しずつ世界を変えていく。
それが『共生の黎明』で描きたかった未来です。

“ありがとう”だけで世界は変わらない。
そう思う人もいるかもしれません。
私も、その現実の厳しさを知っています。

けれど、それでも。
誰かを想う気持ちや、感謝の言葉が消えてしまった時、人は本当に孤独になってしまうのではないでしょうか。

だから私は、この物語の中で何度も「ありがとう」を描きました。

小さな感謝の積み重ねの先にこそ、静かな夜明けがあるのだと信じています。

島江長しろまる(しまえなが しろまる)

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