消えていくもの
派手な衣装も、満員の観客も、たくさんの銀行の残高も、素敵な指輪も、若々しくて可愛いらしい女の子も、世界に名を馳せたカッコいいシンガーもアクターも、みんないつか、まるである季節に咲いていた美しい花のように、時がくるとうたかたのように、静かに消えていく。それがいいとか悪いとかじゃなくて、自然の摂理で、、
目に見えるものは消えていく。その時代の潮流に乗ったものは、次の時代には、忘れ去られる。それがいいとか悪いとかではなくて、、
どんなに頭で考えぬいても、何かが思い通りに運んで、それが永遠に続いた事は一度もない。
だけど、幼い子供のように、何の根拠もないけれど、神様に心からお願いして祈った事は、忘れた頃に最善の形で現実に現れたよ。
それを何度も見たよ。
それはひとことで言えば、奇跡みたいなこと。
どんなに頭の良い人間たちが集まって知恵を出しても、眠れないほど悩みに悩んで解決法を考えても、どうにもならない事はどうにもならなかったな。
もしなったとしても、それは3日とか、3ヶ月とか、3年で全て消えていった。
それがいいとか悪いとかじゃなくて、自然の摂理が働いただけ、、、
何の根拠もないのに、ただただ純粋な心で、ただただ愛を持ってお祈りをしていると、ざわざわする心も落ち着いてくるし、何よりも人間をはるかに超えた大きな力が、天から静かに注がれるのを感じる。
祈りってほんとに不思議なのよ。もちろん悪い祈りは神様には聞かれないけど、
でも、心から愛を持って祈る祈りは、自分が願った「何月何日に実現する」のではなくて、神様が最善だとされた時に、現実化する。
すごくタイムリーだといつも驚く。
一日早くても一日遅れても、成らないものは成らないし、成るものは成る。
神様は1秒の1000分の1も、10,000分の1もすべて支配しているから。
そして成ったら三日では消えない。三年経っても衰えない。永遠に、静かに、キラキラ光ってる。見つめている人の瞳が、美しい限りは。
瞳が濁るのは、これまで生きてきた年月の限界が有る経験値で、人生という途方もないものをなんとか自力でコントロールしようと焦っている時なのかもしれない。
人生なんてコントロールなんかできないのに、自分の知らないことが起きるのが怖すぎて、「何とかコントロールしたいんだ」って、一人あがいている時かもしれない。
人生でコントロールできるものは、ほんのわずかなこと。
例えば、いつも優しく正直で素直でいようと努力すること。
努力してもそんなふうになれない時もあるけど、結局自分はそれくらい弱い存在なんだということを、最初から認めていたら、
まぁ仕方がないか、、、
こんなこともあるさ、、
落ち込んでないでぼちぼち行こう、、て、思うことができる。
どうしようもない、なんの解決法も見つからない、明日が見えない、一体どうすればいいんだろう?て、すごく悩んでいた年月もあった。
だけど、祈りを止めなくてよかった。いつも希望を持つことができて良かった。
祈りなんて聞かれてないように感じるときも、やっぱり私、祈っていた。最善が来るようにって、、、
お任せするんだから、神様、解決してくださいねって、、、
そしたら神様のタイミングで、ほんとに全部解決していったのよ。
だから、やっぱりこれだなって思ってる。
考えても無駄、あれこれ作戦を練っても無駄なのよ。ただ、小さな子供のように、かすかでもかまわないから、希望を持って祈っていたら、願いは叶えられるんだよ。
だから、これからも、もっともっとおばあちゃんになって本当に天国に行っちゃう日まで、私は祈り続けるよ、どんな小さな事でもね^_^。
