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何者かにならないといけないような、空気のなかで

ある日、育休中の親友から電話がかかってきた。

「後輩がインスタのコンサルタント受けて、フォロワー何千人のインスタグラマーになって、本も出版したんだって」
はずんだ声から、興奮さめやらぬ様子が伝わってくる。
そのうち、紹介されたコンサルタントとzoom面談したと話が出た。これは、巷でよく聞く副業詐欺界わいではないか?なんて考えながら、スピーカにしていた通話を切り替えて、急いで画面に耳を押しあてた。けれど違和感を感じ引き返したと聞いて、胸をなでおろした。
ただ、親友は「何か」をはじめて本職以外の収入を得なきゃ、と繰り返し口にする。私から見れば、高齢出産で手助けはあってもほぼワンオペの生活なんだし、無理しなくていいんじゃない、と思ったし伝えもしたけれど、猪突猛進の親友は止まりそうにはなかった。ふと、少し前の自分が重なった。

電話を終えて、一人しみじみ考えていた。
スマホひとつで、どこまでも可能性が広がる世の中になった。
けれど、ほかの人の成功が見えやすい分、いつも何かに追い立てられるような、落ち着かない気持ちを味わう機会も増えたなあと思う。まあ、私もそのうちの一人だけど。

元々、じっとしていられない性質の私。
育休中に資格を取ったり、休職中にこのnoteをはじめたりした。育休中に取った資格は、自分が学びたくてやったことなので満足していたが、その後「育休中のリスキリングを進めます!」と国会中継の画面で見かけた時は、自主的でなく強制的に学び直しをさせられるような、そんな空気と圧を感じみているだけで息苦しくなるようだった。


このnoteは、「休職中でも何かはじめなきゃ!」と駆りたてられるように作ったアカウントで、はじめは何を書けばいいかつまずいてばかりだった。文章が上手い人や、フォロワーが多い人と比べ、見ればみるほど一人で落ちこんでいた。
夜な夜な画面をひらいて指を動かすときもあったけれど、寝不足の朝が続くようになったある日、「そもそも私は何に追われているんだ?」とふと立ち止まった。対価や評価が得られたらそりゃ嬉しいけど、今の私が本当にここでやってみたいことは何だろう?と考えた時浮かんだこと。
それは、息をするように本音をかくしてしまう私が、ここでは自分にうそをつかないでいられる場所にしたい、ということだった。


書くことを楽しもうと思えたいまは、ひとまず50歳までnoteを書き続けていられたらいいな、と思い浮かべてキーボードを打っている。積み重ねた時間の先で、何が待っているかこっそり妄想するのも、いいスパイスになっていると思う。


仕事をしていた時も、休職中の今も「何者かにならないといけないような空気」を感じて追われているような気持ちで過ごしてきた。
けれどいまは、「何者でもない自分の声」を大切に拾って進んでいけたらいいなと思って、ふとここに残しておきたくなったのであった。


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