生理用品を無償提供するカナダ、したくない日本*バンクーバーの朝

ナプキンを忘れたことに朝のバスの中で気がついた。

日本なら、コンビニがいつでも空いているので、多少の忘れ物は何とかなる。

でもここはカナダ。コンビになんて便利なものはない。一応セブンイレブンはあるけど、置いている商品は全く違うし、そこまで店舗数が多くない。

何とかなる忘れ物ならいい。でも、生理が始まった以上、ナプキンは待ったなしだ。

どうしようかと思考を巡らせる。一応鞄から一枚だけ見つかった。でも、衛生面的にも経血量的にも一枚ではどうにもならない。

一応望みをもって会社の周りを調べてみる。すると、なんと歩いて3分のドラッグストアが8時から開いていた。その日は、9時開始の遅めのシフトで助かった。

それに、いつも何かあったときのために30分前に会社に着くようにしているので、それもあって買いに行くことができた。

危機一髪である。ナプキンを手に入れて、会社に向かう。

人生の半分以上、継続して生理が毎月必ず来るのに、それでもやっぱりナプキンは時々忘れてしまう。

バンクーバーでは、図書館や公園などの公共の施設のお手洗いに無料のナプキンやタンポンが置いてある。

公園の公衆トイレ。緑の箱にナプキンとタンポンが入っている。(Pads: ナプキン)

一度使わせてもらったけれど、問題はなかった。多少ごわつきは気になるけど、経血を漏らさず吸ってくれたので、役目は果たしている。

日本で、無償のナプキンを公共施設に置く話が出た際、導入には至らなかったと記憶している。

それについて某有名人が、日本は若い女性が得をすることを嫌がる体質、と言っていた。

なんというか、ひねくれた社会だ。

カナダから日本を眺めると、これまで以上にはっきりと、男性優位社会、女性は男性の庇護下にいるもの、という日本の慣習が際立つ。

カナダ生まれ、カナダ育ちの日系人の友人に、日本の女性は家庭でサーバント(召使)のように扱われるわよね、といわれた。

その表現に衝撃を受けたが、まさに私の育った家庭環境はそうだった。

でもそれを女性側もそういうもの、男性の世話を焼くものとして喜んで引き受けている感もあった。

インスタグラムで結婚相談所のカウンセラーのコメントが流れてくる。「守りたい女性」という言葉が目に付いた。

その言葉の裏には、女性は男性より下、という意識があるように思う。

守りたいというのだから、経済的に扶養してくれるかと思いきや、今や共働きでないと暮らしていけない時代。

庇護とは何か。

守りたいというなら、必需品の生理用ナプキンくらい提供しろよ。そう言いたくなってしまう。

この件について考えたときに、自分の恐れていることがなぜ恐ろしいのか分かった気がする。

私は、自活できなくなることが怖い。

自分でお金を生み出す能力があるということは、自由であるということ。誰にも縛られず、指図されず、自分で物事を選択し、人生をつくっていけるということだ。

そこに、庇護は不要だ。

パートナーに収入でもなく、保護でもなく、信頼と精神的つながりを求める私は、日本社会からすれば”かわいくない”女なのだと思うけれど、そんなことより私は、自分の人生を自分でコントロールできることの方が何より重要だ。

たかがナプキン、されどナプキン。そこにその社会における女性の扱われ方が表れているように思う。


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