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「自分を変えたい」と屋久島に飛んだ若き日の夏

現状に不満を抱いたまま、それでも会社を辞める勇気が持てずにいた。

自分を変えたい。
人生を変えたい。

でも、何がしたいのかさえわからない、宙ぶらりん状態。
社会常識的なノイズにまみれ、私はいつも正直な気持ちを飲み込む癖があった。

一番好きな人に好きと言えず、
一番好きでもない人から好きと言われる自分が嫌いだった。

そんな時期、友人からある小説を勧められた。
それがきっかけで私は田口ランディさんの本『いつか森で会う日まで』を手に取ることになった。

屋久島の自然に魅せられ、著者が雨に濡れる森のなかで閉ざされた心を少しずつ解きほどいていくというフォトエッセイだ。

言いたいのに言えなかった後悔、
やりたいことがわからない焦燥感。
著者と自分がまさに重なった。

今すぐ、屋久島に行かなければ!!

遠くの南の島に行けば、何か自分を変えられのかもしれない。
もう理由はなんでもいい。
とにかく旅に出るんだ。

屋久島には、縄文杉という樹齢7千年の樹がそびえ立つ。
往復約20km、約10時間のトレッキングか・・。
よし、見に行こう。
ずっとスポーツをしていたし、体力はそこそこある。

思い立ったが吉日。
会社のお盆休みの直前、ほとんど衝動的に準備を進めた。
ザック、レインウェア、登山シューズを走って買いに行った。
初めて一人で乗る飛行機のワクワク感といったら半端ない。

小さな衝動こそが、本物である。

人に説明できないほどの直感に従えと、自由本(高橋歩さんとか)に書いてあった。
それをいざ実行するのだ。

休暇をフル活用して4泊。
初日と最終日の宿泊だけを旅前に予約して、あとは現地でユースホステル(相部屋の格安宿泊施設)に飛び込む。
それ以外はノープラン。
一期一会を大事にすればなんとかなるはず。
バックパッカーに憧れていた私。
それっぽい!

いよいよ縄文杉の前に立った。
自分はいかに一刹那のときを生きているかを思い知らされた。
でも、それ以外は正直何も感じることができなかった。
それくらい私はどこか感覚が麻痺していた。

白谷雲水峡を彷徨い歩いたとき、雨粒の輝く苔の美しさに開眼した。
植物界の言語のようなものを初めて感じた体験。
ヒメシャラやガジュマルの樹々の意思を感じた。

あの時、縄文杉は私に

ずっとあなたを見ているよ

という包まれるような安心感を与えたのだった。

自信がなくてもいい。
自分をダメだなんて否定しないで。

自分を見る目を変えればいいのだ、と。


レンタカーを借りて島をぐるぐるしつつ、海でぼーっとしたり、滝巡りをしたり、カヌーに乗ったりもした。

最後日は、ちょんまげのおっさんがいる宿へ。

ちょんまげのおっさんは生粋の島民で、まさにザ・自由人の風貌。
ちょんまげを旗印にして宿泊業とガイド業をしている。
ちょんまげは決しておふざけではない。

変わった人はとても魅力的だ。
こんなふうに生きている人いるんだ、と思った。

最終日は台風の影響で本島へ向かうフェリーが欠航になり、私は帰れなくなった。
これはまずい。
会社を欠勤することになる。
電話で事情を説明すると、上司が電話口で爆笑していた。
「あなたらしいね」と、休暇の延長をゆるしてくれた。

ちょんまげのおっさんは、タダでもう一泊させてくれた。
独身女ひとり旅、ワケアリと思われたのか、同情なのか。。

「次回は、大好きな人と一緒に来れますように。」
神社で絵馬にそう書いた。
まだ出会ってもいない誰かを想って。

人生は数珠つなぎ。
もしあのときの衝動を無視していたら、この奇跡を生きている私は今ここにいない。

屋久島の旅は、私の物語を生きるための原体験の旅となった。





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