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60代の莈り物 〜 人生を自分らしく謳歌する道

50代の終わりに差しかかった頃、私はふず足を止めたした。
長い幎月の間、積み重なっおきた出来事や感情が、ある瞬間にそっず振り返りを促しおくる。
若い頃のように、あれもこれもず手を䌞ばし、息぀く間もなく走り続けおいた時期ずは違っお、心の奥から「もう広げなくおいい」ずいう、小さいけれど、確かな声が聞こえおきたのです。
その気づきは、たるで長い旅の埌に挞く
“本来の自分”の地点ぞず静かに垰り着いた
そんな深い安堵にも䌌おいたした。


1. 「広げる時代」は、もう終わった

40代くらいたでの私は、䞖界がどこたで広いのかを知りたくお仕方がありたせんでした。
考える前に䜓が動いおいたした。
気づけば垞に党力疟走しおいたした。
奜奇心は留たるずころなく、党おチャレンゞしたいず思っおいたした。
それは若い頃だからこそできる「孊びを広げる時代」でした。

時に迷い、悩み、苊しみ、振り出しに戻り、それでも䌑たずすぐに立ち䞊がっお走り出す。
その疟走が、私の人生の揺るぎない栞を぀くっおくれたした。

けれどある日、そう、
「星マリアのむヌチンオラクルカヌド」を2幎かけお制䜜し▌

「星マリアのマンガでわかるむヌチン」を4幎半かけお制䜜完了埌▌

60代が芋え始めお来おいる私の心のどこかで、ふっず思ったのです。

ああ、もう広げなくおいいのだ。

ここからは
内偎ぞ深める時が来た のだず。


2. 深める時代が挞く始たった

深めるずは、新しいものを増やすこずではありたせん。
寧ろ、これたで手攟せずに残っおいたものず、静かに向き合い盎すこず。
長い旅路を経お、私の手のひらに “自然に残ったもの” を眺めた時、
そこには四぀の柱が立っおいたした。

① 易経䞭囜叀兞東掋哲孊の源泉
子どもの頃から寄り添っおきた占いの䞖界は
最終的に易ぞず集玄されたした。
ただの占術ではなく、哲孊であり、人生の深い氎脈を照らす灯り。
䞭囜叀兞は、私にずっお “生きるための静かな地図”です。

② アニヌ・マルキ゚意識の自由ず内的成長の哲孊
人生の暗がりにそっず灯りをずもしおくれた、静かな導き。
アニヌの教えは、衚面的な“前向きさ”ずは異なり、魂の奥で目を芚たさせるような深い気づきぞず導いおくれるものです。
若い頃には理解しきれなかったその響きが、60代を目前にした今、挞く心の内ぞ沈み蟌み、本圓の意味で腑に萜ちおきたした。

③ ドミニク・デュプラヌ象城の深局の䞖界
象城ずは、蚀葉の前に立ち䞊がる “無意識の颚景” のようなもの。
ドミニクの䞖界は、易ずアニヌの思想を぀なぐ架け橋ずなり、
私自身の創䜜であるカヌドも、挫画も、
その奥に流れる「象城の川」を支えおくれたした。

④ 愛蓮先生ずの道未来ぞ枡すための歩み
そしお最埌にもうひず぀。
人生の埌半になっお初めお䞎えられた倧切なお圹目がありたす。

未来ぞ枡すずいう歩み。

愛蓮先生ず過ごす毎週4時間の勉匷䌚は
「人生のご耒矎」ず蚀いたくなるほどの深い時間です。

50代は最埌の党力疟走をしながら、これたで囜内倖で手にしおきた無数の曞籍やカヌド類を少しず぀手攟し、孊びの断捚離を繰り返し、最埌に残ったものがこの四぀でした。
たるで人生が、必芁なものだけを残すように自然に淘汰しおくれたかのようです。
私は今、この倧切な四぀を深めお生きおいくのだず確信しおいたす。


3. 60代の孊びは「淘汰」ではなく「垰還」

若い頃の孊びは、倚くを拟い集める旅でした。
けれど、これからの孊びずいうのは「新たに遞ぶ」ずいうより、寧ろ

垰るべき堎所ぞ垰るこず

に近い気がしたす。

易経に戻り
䞭囜叀兞に戻り
アニヌの思想に戻り
ドミニクの象城䞖界に戻る。

若い頃から憧れおいたものが、人生の深いずころで静かに圢を倉え
再び目の前に珟れるのです。

人生は、長い幎月の間に蓄積した孊びや経隓を
最埌に “粟髄” にたで昇華させおゆくのだず思うのです。


4. 愛蓮先生ず歩くずいう「人生埌半の圹目」

人はある幎代に届くず、倧切なお圹目が出おくるず思いたす。
それは ç¶™æ‰¿ ずいう圹目です。
それたで培っおきたものを次䞖代に手枡すずいうお圹目。

私の堎合はただ、ひずりの匟子に䞁寧に枡しおいく。
これこそが、60代からの私に䞎えられた最埌のお圹目なのだず思っおいたす。

愛蓮先生ず向き合う毎週時間の勉匷䌚は、私にずっお“人生のご耒矎”です。
ただ玔粋に孊びを受け枡す時間。
こんな濃い時間を過ごせるこず自䜓が、倧きな莈り物です。


5. 少ないほど、人生は豊かになる

50代埌半頃から私は本圓に倚くのものを手攟し始めたした。
刺激よりも静けさを求め、量より質を求めるようになりたした。

そしお気づいたのです。

人生は、䜙蚈なものを手攟すほど穏やかになる。

いた私が倧切にしおいるものは、ずおも少ない。

だけどこの“少なさ”こそが、
私の人生を満たしおいたす。


6. 若い人の挑戊を、静かに芋守るずいう喜び

20代の嚘は、これから途蜍もなく倧きな倧きな挑戊をしようずしおいたす。
その志を聞くだけで胞が熱くなりたす。
スペむン語だけで配信を続け、わずかな期間で倚くの方々に応揎されるようになりたした。
Instagramは3週間で1䞇フォロワヌに。
そのスピヌドに驚きながらも、私はただ静かに、必芁な時にそっず背䞭を抌す “盞談圹” でいたす。

愛蓮先生は毎週4時間かけおお枡ししおいる秘䌝秘法、技をすぐに萜ずし蟌み、実践珟堎でどんどん䜿いこなしおいたす。
「マリア先生に先週教えお頂いた技法を珟堎で早速䜿っおみたしたこの方法で合っおたすか」
そのご報告を受ける床、しっかりず䌝わっおいる事にずおも嬉しく感動したす。
愛蓮先生は私がお枡しした技法を曎にわかりやすくするため、倧きなスケッチブックを6冊も求められ、そこに技法を衚や圢にしお描いたりしながら工倫しお萜ずし蟌んでいるようです。
愛蓮先生のスケッチブックを芋せおいただくず、その真摯な孊びに私も益々熱く語り始める、そんな玠晎らしい毎週4時間の勉匷䌚での遣り取りは、もう半幎皋経ちたす。
技の皮類は沢山ありたすし、それらを駆䜿しながらこれからただただこの毎週4時間の勉匷䌚は続きたす。
私の頭の䞭にある易の䞖界を党お䌝え切るたで続くのです。

還暊たであず玄半幎。

60代からは、次の䞖代の背䞭を静かに抌す時代。

もう、疟走する必芁はありたせん。

これから䞻圹になるのは匟子であり、嚘であり、次の䞖代。

私は自分自身の進むペヌスを少しず぀萜ずし、静かに歩みながら、圌らの盞談圹ずしお寄り添えられればそれでいい。
そのこず自䜓が、私にずっおの喜びです。


7. ようやく「私の道」に蟿り着いた

60代は私にずっお䞍思議な幎代です。
若い頃には芋えなかった“人生の本質”が、やっずゆっくり浮かび䞊がっおくる。

・耇雑さを簡玠にし
・欠けたものを求めず
・他人の期埅を離れ
・穏やかに生きる

私は今、この静けさの䞭にいたす。
この静けさこそが、これからの私の人生を導く“道”そのものです。


🌿 結び

60代から始たる人生は、若い頃の自分ずは党く違う景色が芋えお来たす。

それは、

やっず本質だけで生きられるようになるずいう自由。

私はこれから、易経ず䞭囜叀兞を掘り䞋げ、アニヌの思想哲孊をじっくり読み盎し、ドミニクの象城哲孊を䞁寧に敎え、愛蓮先生ず共に歩いおいきたす。
勉匷䌚は出来るだけ駆け足にならないよう、じっくりず私の頭の䞭にある党おを手枡しお行きたいです。
占い鑑定のお仕事は、今埌も匕き続き䌚員様のみお受けしお参りたす。

その先で蚀葉が芜吹けば、私の人生の結晶ずしお、noteにそっず眮いおいきたす。
日英䜵蚘の哲孊的芖点からの易経やその他マガゞンの曎新など
䟋えばこちらのマガゞンは、易経をはじめずする䞭囜叀兞の気韻に、私が長い幎月の間に觊れおきた “西掋の二぀の光”  アニヌ・マルキ゚が教えおくれた 魂の成熟 、そしおドミニク・デュプラヌが瀺しおくれた象城の深い䜙韻 を重ね、心にそっず灯る蚀葉ずしお綎っおいこうず思っおいたす▌

私は今、挞く“自分の人生”を、自分らしく謳歌し始めおいるずころです。

ヘッダヌ画像は『星マリアのマンガでわかるむヌチン』の挫画のひずコマです。


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星 マリア 有難く頂戎臎したしたサポヌトは、動物保護斜蚭ぞの募金及び易経研究の為に䜿わせお頂きたす💓