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未枈のたたで 〜 ロシア人の曟祖父、山西省で戊死した祖父、嫌いな父、そしお私

私は、祖父に䌚ったこずがない。

けれど、幌い頃から䜕床も
「マリアはおじいちゃんにそっくりだ」
ず蚀われおきた。

山西省で戊死した祖父

祖父は䞭囜の山西省静楜県で亡くなった。
ただ䞉十代だったず聞いおいる。

祖母はある日、私にひず぀の手垳を芋せおくれた。
銃匟に胞を撃ち貫かれ、血で黒く染たった手垳だった。

「これが、おじいちゃんの圢芋なのよ」

祖母は涙ぐみながらそう蚀った。

手垳の䞭は、もう䜕も読めなかった。
血で真っ黒に染たり、ベッタリずくっ぀いおいお䜕が曞かれおいたのかもわからない。
ポケットに入っおいた家族写真も、 同じように血で滲み、圢を倱っおいた。

私はその時、ただ幌く、
それがどれほどのこずなのか、よくわかっおいなかった。

ただ、黒く染たったその手垳だけが、
䞍思議な重さをもっお、蚘憶に残っおいる。

今、還暊間近になっお思う。

私は祖父のこずを、䜕も知らない。

どんな顔で、どんな声で、 どんな颚に生きおいたのか。

どのようにしお䞭囜で呜を萜ずしたのか。

そしお、その曎に前にいた曟祖父が、 䜕故ロシアから北海道ぞ来たのかも。

私は䜕も知らない。

ただひず぀、わかっおいるこずがある。
私の姿は祖父によく䌌おいるず祖父を知る人たちから蚀われおきた、ずいうこずだけだ。

ロシア人の曟祖父

私の曟祖父は、ロシア人だったず聞いおいる。

けれど、どういう経緯で日本に来たのか、 私は䜕も知らない。

逃げおきたのかもしれない。
あるいは、ただ生きるために移動したのかもしれない。
祖母はその件に぀いお䜕故か口を黙み話したがらなかった。
祖父は曜祖父ずの関係があたり良くなかったらしい。

北海道には、か぀おロシアから来た人々が倚く暮らしおいたずいう。
ロシア革呜の埌、囜を远われるように海を越えお来た人たちがいた。

私が生たれた旭川には、ロシアから亡呜しおきた人の名を持぀球堎がある。
その人もたた、家族ずずもに囜を離れ、北海道ぞ蟿り着いた䞀人だった。

曟祖父も、そうした流れの䞭にいたのだろうか。
それずも、党く別の理由で来たのだろうか。

私は䜕も知らない。

ただひず぀、思うこずがある。

私は、瞛られるこずがずおも苊手だ。
垞に「自由でいたい」ず匷く思う。

もしかしたら曟祖父もたた、
䜕かから逃れようずしお自由を求め海を枡ったのかもしれない。

その曟祖父の息子が、私の祖父だった。
そしお祖父は、戊争で䞭囜ぞ枡り、垰っお来るこずはなかった。

長男ずしお生きた父

父は長男だった。
䞋には効が二人いた。

祖父が戊死した時、 父はただ幌い小孊生だったず聞いおいる。

けれどその時から、父は「戞䞻」ずしお生きるこずになった。

家には祖母がいたはずなのに、
衚札には幌い父の名前が掲げられたずいう。

圓時はただ、家制床の名残が匷くあった。
家は、長男が継ぐものだった。

父は、 家を背負う立堎に眮かれた。
ただ幌い子どもだったはずなのに、
すでに「圹割」ずしお生きおいたのだず思う。

それがどれほどの重さだったのか、私には想像するこずしかできない。

父は、独裁的で我儘な人だった。
感情をそのたた露わにし、怒鳎り぀け、殎る、蹎る。
その独裁ぶりはやがお私の心身を深く傷぀ける深刻な虐埅ぞず倉わり、
時に呜に関わるほどの暎力ずなるこずもあった。
私は父に愛された蚘憶がひず぀もない。
このたたでは殺されるず思い、私は䜕床も家出をした。
そのうち保護され、祖母のもずで暮らす事ずなった。
その頃のこずは、別の蚘事に蚘しおいる▌

私が父から酷い虐埅を受けおいるず知った日、
祖母は泣きながらこう蚀った。

「ごめんね。あんな育お方をしおしたっお。 お父さんはい぀も私に反抗しお、睚み぀けお怒鳎っおいたの。 どう扱っおいいのか、わからなかった」

私はその時、こう答えた。

「おばあちゃんのせいじゃないよ」

人にはそれぞれ、生たれ持った䜕かがあるのだず思う。
性質のようなもの、あるいはどうにもならない歪みのようなものが。

父は、愛情ずいうものを、うたく受け取れなかったのかもしれない。
同じ家で育った筈の叔母たちは、穏やかで枩かい人たちだった。
けれど父だけが、どこか違っお芋えた。

父の䞭には「男であるこず」の重さのようなものがあったのかもしれない。
長男ずしお育ち、家を背負う存圚ずしお扱われ、「男は匷くあるべきだ」ず無蚀の期埅を受け続けおきたのかもしれない。
そしおそれがい぀の間にか歪んだ思想ずしおこびり぀いおしたったのかもしれない。
父は成長するに぀れ、その歪んだ思想が定着し、嚁匵るようになった。
この家を守っおいるのは俺様だ、ずいう態床で過ごしおいたようだ。

私は、男尊女卑のようなものに、匷い嫌悪感を芚える。
それは思想ずいうよりアレルギヌに近いものだ。
その拒絶の根は、父芪にある。
だから私は男性から芋䞋されるこずにずおも敏感で、
察等な関係に安心する。
䟋えば男性から「お前」ず呌ばれるず、
私はその男性に同じように「お前」ず呌び返す。

倩接の光景

私は十五歳のずき、父の䜏むブラゞルぞ枡った。

ブラゞルでの生掻は、私にずっお驚くほど穏やかで、
どこか解攟された時間だった。

色々あっおブラゞルから垰囜埌東京で暮らすようになった。
父はベトナムぞ枡り、その頃から、父ずは次第に疎遠になっおいった。

父は、ベトナムの埌、再びブラゞルぞ枡った。
その頃私はアメリカぞ枡っおいた。

そのブラゞルにいた父のもずぞ、ある䟝頌が届く。

䞭囜の倩接理工倧孊で、日本の文化や歎史、そしお日本語等を教えおほしいずいうものだった。

父は匷く拒んだずいう。

「私は父を殺した囜が嫌いだ。 父の呜を奪った囜ぞ、䜕故行かなければならないのか」

そう蚀っお、䜕床も断った。
それでも父ぞの䟝頌は続いた。

「孊生たちはずおも勀勉で、日本語を䞀生懞呜孊んでいたす。 どうか教えおいただけたせんか」

父は最埌たで迷いながらも、䞀幎だけずいう玄束で、その地ぞ向かうこずになった。

そこで父が芋たのは、想像しおいたものずはたったく違う光景だった。

教宀には、倧きな声で日本語を音読する孊生たちの姿があった。
薄気味悪いくらいの真面目さだったず父は蚀う。

「どうしおそんなに倧声で読んでいるんだ」

父が尋ねるず、孊生は答えた。

「眠くなっおしたうからです。 声に出すず、頭に入るんです」

父は、その光景を芋お驚いたずいう。
倧孊ずいえば、もっず気楜に過ごす堎所だず思っおいた。
けれどそこには、ただひたすら孊がうずする若者たちがいた。

孊生たちの倚くは、裕犏ではなかった。

錆びた自転車に乗り、 キヌコヌキヌコヌず音を立おながら通孊しおいた。
朝、倧孊ぞ向かう道はその自転車の音ず共に
「先生、おはようございたす」
ず、次々孊生たちが明るく挚拶をしお来た。
そしおその錆びた自転車の音は、父の郚屋にたで聞こえおいたずいう。

やがおその自転車の音ずずもに、孊生たちは父のもずを床々蚪れるようになった。

「先生の家ぞ行っおもいいですか」

そう蚀っお、䜕人も蚪ねおくる。
父がラヌメンや逃子を振る舞うず、圌らはずおも嬉しそうに食べた。
振る舞うのが面倒になるず、孊生たちは「自分が先生の奜きな料理を䜜りたす」ずいうので、材料だけ枡すずずおも矎味しい䞭華料理を䜜っおくれたそう。

父は、出䌚った孊生たちずの枩かな觊れ合いに぀いお、䜕床も語る。
孊生の䞭で生たれが山西省だずいう方がいたので、父はその孊生ず䞀緒に祖父が戊死した山西省静楜県ぞ向かったそう。

「私の父はこの地で銃に撃たれお戊死した。悪いのは戊争なんだよな。戊争が悪い。」

父はそう自分に蚀い聞かせるように呟いた。

山西省出身の孊生は無蚀で父の蚀葉を受けおいた。

私はそれを聞きながら、思う。

䜕故私は、その䞭囜の思想に、これほどたでに惹かれ焊がれたのだろうか。

易経ずの出䌚い

ずおも䞍思議なこずだず思う。

占いには、幌い頃から興味があった。
䞃歳の頃には、すでにトランプや手盞、タロットずいったものに觊れおいた。 けれどその䞭に、易経はなかった。

易経ず出䌚ったのは、東京だった。
偶々垫匠ず出䌚い、その流れの䞭で、初めお易経に觊れた。

その頃の私は、疲匊しおいた。
人生に疲れ、人に疲れ、
もうこれ以䞊続けおいくこずができないず感じおいた。
どこかで、終わりにしたいず思っおいた。
䞞で抜け殻のようだった。

そんな時、易経に出䌚った。

そこに曞かれおいたのは、垌望ではなかったし、慰めでもなかった。

けれど、
人生の理䞍尜や、
矛盟や、
苊しみが、
そのたたの圢でそこにあった。

私は衝撃を受けた。

そこには
「綺麗に敎えられた答え」ではなく、
「そのたたの珟実」が曞かれおあったからだ。

そしお䞍思議なこずに、
その珟実を知るこずで、私は少し楜になった。

それから私は、倢䞭になっお易経を読んだ。
もう、四十幎近くになる。

瞁の䞍思議

瞁ずは、本圓に䞍思議なものだず思う。

ロシアも䞭囜も、私の䞭では距離を感じおいる囜だった。

けれど、私の䞭にはロシアの血が流れおいる。
そしお私は、四十幎もの間、易経やその他の䞭囜叀兞に觊れ続けおきた。

䜕故なのだろうず、䜕床も思った。

ベルギヌに䜏んでいた頃、䞊海出身の䞭囜人占い垫の先生ず出䌚った。
共に孊び、蚀葉を亀わしながら、私はその先生の枩かさに觊れた。

たた、ロシア人の玠敵な女性ずも出䌚った。
ずおも矎しい人だった。
圌女の語る人生や、背景にあるものを聞きながら、その埮笑みの奥にある枩かさを感じた。

そこには䞀人の人間ずしおの枩もりがあった。

囜ずいう倧きなものを通しお芋おいた時、そこには距離があった。
けれど、
人ずしお出䌚った時、そこにあったのはただの
私ず同じ「人間」だった。

それは、父のこずを考える時にも、同じだった。

未枈のたたで

私は長い間、父が倧嫌いだった。
そしお今も、心から蚱せる境地にはない。

私は父を奜きになろうずは思っおいない。
無理に感情を曲げおたで、奜きなふりをするこずはできない。
優しい嚘を挔じお、無理に矎談に持っおいく぀もりもない。

私は、矎談ずいうものに、どこか違和感を芚える。
そこには、綺麗に敎えられた物語がある。
けれど、珟実の人間は、そんな颚には生きおいない。

矛盟や、痛みや、苊しさ、蚱せない感情を抱えたたた、
それでも生きおいる。

けれど今は、その奥にあるものを想像するようになった。
なぜそうなったのか。
父にはどんな背景があったのか。

それをすべお理解できるわけではない。
それでも、そう考えたずき、
少しだけ芋えるものが倉わった。

瞁があるからずいっお、
無理に奜きになるこずでも、
受け入れるこずでもない。

ただ、そのたた、
そこにあるものずしお 芋぀めるこずなのだず思う。

易経の半でいうず

『火氎未枈』

私は父を心から蚱しおいないし奜きではない。
正盎なずころ嫌いなたただ。
けれども父が䜕故、
私に察しおあのような酷い虐埅をしおいたのかずいう背景が知りたく、
幎老いた87歳の父ず、このずころ時折察話をするようになった。
父は申し蚳なさそうに、けれどもぜ぀ぜ぀ず思いを䌝えおくれる。

「お父さん、私はあの頃のあなたが倧嫌いでした。
倧人になったら絶察にやり返しおやろう、同じ苊しみを、いえそれ以䞊の苊しみを味合わせおやろう、それだけを思っおいたのです。
けれどもきっず、あなたにはああなった背景があるのでしょう。
ああならなければ自分を保おなかった䜕かが。
䜕ずなくですが、そう思うようになりたした。
正盎、心の傷は消えないのであなたを心から蚱すこずは今もできたせんけどね。
だけど仕返しをしようなどずも思っおいたせんから安心しおください。」

「嫌だろうに私ずこうやっお向き合っおくれおありがずう。
私はもうい぀お迎えが来るかわからない。
決しおマリアを嫌っおいたわけではない。
寧ろ、マリアを愛しおいた。
自慢の嚘だった。
䜕をやらせおもそ぀なくこなす。
この子は䌞びる。賢い子だ。だからもっず䌞ばしたい。欲をかいた。
その䞊マリアが蚀うように
女の子だからずいっお、随分ずマリアを䟮り䞋に芋おいたんだな。
父芪ずしお瀺しが぀かない、
銬鹿にされたくない、
そんな気持ちが衚立っおいた。
だけどマリアは男以䞊に匷い倧人になったんだなあ。」

「匷いに男も女もないんですよ。私は私なんです。」

「ああ、そうだったな、そうだな。枈たないな。」

そう。
枈たない。
それでいい。

『火氎未枈』のたたで。

父が䜕気なく呟くように蚀った「枈たない」。
それは謝眪の蚀葉ずいうより、
私たち芪子の関係が、
氞遠に「枈み」にはならないこずの宣告のようにも聞こえた。
蚱し合っお円満に終わるのではない。
互いに欠けたたた、歪んだたた、それでもそこに存圚し続ける。
たさに『火氎未枈』 完成しないこずで、流れは続いおいく。
私も父を心から蚱せない、「枈たない」気持ちがある。

ロシア人の曟祖父のこずも、
山西省で戊死した祖父のこずも、
耇雑な思いの䞭倩接ぞ枡った父のこずすら、
私はよくわからない。

ただひず぀、わかっおいるこずがある。

私はその流れの先、今ここにいる。

そしお、知りたいず思っおいる。

その、知りたいこずの真実など知らないたた終わるだろう。

易経『火氎未枈』の半のたた。

物事は完成しない。
すべおは途䞭であり、流れの䞭にある。

『火氎未枈』のたた。

私ず父ずの関係も、
曟祖父や祖父の私の空想を亀えた物語も、
そしお私自身の人生も、
きっず未枈のたた終わるのだろう。

もし私に孫ができたずしお
曟孫ができたずしお
その子たちは私のこずなど
知りたくおも想像の䞖界の方が倚く
きっず䜕も知らないだろう。

それでいい。

未枈のたたで、十分なのだず思う。

この蚘事を぀ら぀らず曞いおいお、ふず気づいたこずがある。
曟祖父はロシアから日本ぞ枡り、
祖父は䞭囜ぞ枡り、
父もたた囜から囜ぞず移動し続けた人だった。
そしお私もたた、日本を離れ、いく぀もの囜を枡っおきた。
気が぀けば、嚘もスペむンぞ枡り、チリぞ枡ろうずしおいる。

この流れを、運呜ず呌ぶのかどうかはわからない。
ただ、そういう性質の䞭に私はいお、
その先に嚘もいるのだず思う。
どこにも完党には根を䞋ろさず、䞋ろせず
どこかからどこかぞず移動しおいく。

私は暫くしたら再び日本を離れる。

その際、祖父が戊死した山西省静楜県ぞ、
䞀床、立ち寄っおみたいず思っおいる。

未枈のたた、
その流れの先に立っおみたい。


いいなず思ったら応揎しよう

星 マリア 有難く頂戎臎したしたサポヌトは、動物保護斜蚭ぞの募金及び易経研究の為に䜿わせお頂きたす💓