9人の乙女の「さようなら」——樺太で何が起きたのか、誰も教えてくれなかった真実
今回の記事は骨太です。でもこれだけは伝えなければいけない——そんな想いで書きます。
稚内に来た理由——「氷雪の門」を知っていますか
今回稚内に来た目的はただ一つ。樺太のことをもっと知りたい。
樺太で何が起きたのかをとても分かりやすく描いた映画があります。9人の乙女を題材にした**「氷雪の門」**です。
この映画が描いた出来事は本当のことなのか——それを確かめたくて稚内まで来ました。

昭和20年の樺太——「本土より安全」だった場所
当時、樺太には42万人の日本人が生活していました。まさに日本そのものでした。



本州では——3月10日の東京大空襲で一晩で10万人が亡くなり、4月1日から沖縄上陸作戦が始まり、全国あちこちで焼夷弾による空襲が続いていた。
でも北海道は7月14・15日の2日間、室蘭・根室・釧路・函館などの軍事的に重要な港を狙われた程度。札幌はほとんど無傷でした。
そして樺太への米軍による空襲は——皆無だったのです。
だから本州から疎開してくる人も多く、「ある程度安全な場所」として認識されていました。
8月11日——突然の侵攻
広島・長崎の原爆投下の情報は樺太にも届いていた。不安の中、日常を過ごしていた42万人の元に——
突如、ソ連軍の侵攻が始まったのです。8月11日のことでした。
日ソ中立条約を結んでいたのに——軍備が手薄になった隙をついて、条約を一方的に破棄しての侵攻でした。
軍人さんたちは侵攻を食い止めながら、42万人を緊急避難させるために船を手配するなど大忙しとなります。
そして8月15日——玉音放送で敗戦を知った。
だから8月16日以降はソ連の侵攻が止まると思っていた。
ただそれはソ連には通じなかった——23日まで、大虐殺が行われたのです。
3隻の船が撃沈——1,700人が海に沈んだ
やっとソ連兵から逃げられ、稚内や小樽に向かう船に乗れた——と安堵した瞬間に。
ソ連の潜水艦から発射された魚雷が、船を沈めたのです。
しかも——3隻。合計1,700人が一瞬で海の中に沈み、北海道西側の海岸にあちこち遺体として打ち上げられたそうです。
玉音放送後も続いた侵攻
なぜ15日以降も侵攻が続いたのか。
日本側——「無条件武装解除したので止めてほしい」
ソ連側——「自主的な解除なので、まだ向かってくるかもしれない。進攻を続ける。」
この認識のすれ違いで、海からの艦砲射撃・空からの爆撃・東西からの上陸・北からの国境突破が続きました。
逃げても撃たれ、隠れても撃たれ——多くの一般市民が亡くなったのです。
結局、42万人のうち無事に避難できたのはわずか10万人。
残された日本人は2年もかけてやっと本土に帰れた。40年間日本だった樺太で生まれ育ち、北海道にも本州にも縁のない人たちは——路頭に迷ったのです。
この2週間で亡くなった一般市民は分かっているだけで約2,000人。
9人の乙女——「みなさん、これが最後です」
今回稚内に来た理由——その核心がここにあります。
つい数日前まで恋をして、オシャレをして、歌を歌って、甘いものを食べて——今の女子たちと何も変わらない乙女たちがいた。

沖縄のように戦いを待ち構えていたわけではない、何の準備もない日常に——突然ソ連兵が侵攻してきた。
彼女たちは電話交換士として8月20日まで職務を全うした後、目の前まで迫ってくるソ連兵に殺されるか辱めを受けるくらいなら——と、自ら命を絶つ選択をしたのです。
そして最後に電話口でこう言いました。
「みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら」
青酸カリを飲んで、自決した。
17歳から24歳の、9人の乙女たちです。(涙)
樺太で地上戦が行われた——知らされてこなかった事実
日本で地上戦が行われたのは沖縄だけ——そう知らされてきました。
確かに今現在の日本の領土の中では沖縄だけです。
でも——樺太でも地上戦が行われたのです。
沖縄は島に囲まれた海。でも樺太はソ連と**陸で国境を接していた。**境界線を越えればあっという間に侵攻される。
日本は海軍は強い。でもヨーロッパのように陸に国境を持つソ連は戦車が発達していて、陸の国境破りが得意なのです。
そして沖縄には特攻隊が来た。人間魚雷も来た。戦艦大和も向かった。
でも樺太には、誰も来なかった。すべてが対米に偏っていて、対ソ連は頭の中になかったのです。
今も続く問い——条約とは何か
あてにしていた日ソ中立条約とは、簡単に破棄されるものでした。
しかもこの時すでに、日本が知らないところでアメリカとソ連は日本の分割統治を口約束していたのです。
梯子を外される危険性——今のボクたちも認識して、備えなければいけないのではないでしょうか。
知る人を増やすことが、供養になる
沖縄のことすら知らない人がほとんどなのに、樺太で何があったのかを知っている人はもっと少ない。
たくさんの同胞が亡くなり、その命の上で今を生きている——この命の重さを知れば、最近の殺伐とした事件だって減るのではないかとさえ思うのです。
知る人を増やして、手を合わせる人を増やすことが——ボクの使命であり、樺太で亡くなった方々への供養になるはずです。



今日の夜は札幌まーちゃん放談会(14人参加!)。一生懸命伝えてきます。
次回は旭川での気づきです!!!
【今日の本質】
樺太が日本だったことすら知らない人がいる
地上戦が行われたのは沖縄だけでなく樺太でも
英霊を知れば命の大切さを知り、当たり前への感謝が生まれる
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