人生で「本当に望んでいること」が分からなかった。その答えを仏教をきっかけに見つけた
こんにちは、こころみさきです。
私は30歳の時から、仏教を学んでいます。
こう言うと「もともと仏教に興味があったんですか?」とよく聞かれます。
でも、まったくそんなことはありませんでした。
むしろ、それまでの私にとって仏教は、ずいぶん遠い存在でした。
お葬式や法事のときにお坊さんがお経を読んでいる。
お寺に行けば仏像がある。
世界にたくさんある宗教の一つ。
そのくらいのイメージしかありませんでした。
「仏教が、自分の人生と関係している」なんて、
考えたこともなかったのです。
そんな私に仏教を勧めてくれたのは、哲学を学んでいた友人でした。
最初は「仏教……?」という感じでした。
まさか、その後、10年以上も学び続けることになるとは、そのときは想像もしていませんでした。
ところが、実際に仏教の話を数回聞いてみると、驚きました。
人生は何のためにあるのか。
人はなぜ生きるのか。
なぜ、私たちの人生には苦しみが絶えないのか。
自分とは、いったいどんな存在なのか。
聞くこと、聞くこと「それ、私がずっと知りたかったことです」と
思うことばかりだったのです。
それまで私は、仏教とは「死んだ後のための教え」のように思っていました。
けれど実際には、今、生きている私の問題が教えられている。
そのことが、とても衝撃的で、目からうろこでした。
私はずっと「人生の目的」を探していた
なかでも、特に心をつかまれたのが「人生には目的がある」という話でした。
そう。私はずっと、人生の目的を探していたのです。
振り返ってみると、若い頃の私は、深い森の中を一人でさまよっているような感覚で生きていました。
どちらへ行けばいいのか分からない。
みんなが歩いている方向へ行けばいいのか。
それとも、自分だけの道を探せばいいのか。
そもそも、どこへ向かっているのかさえ分からない。
仕事をして、
結婚をして、
家庭を持って、
好きなことを見つけて。
そうやって毎日を充実させていけば、いつか「これが私の人生だった」
と思える日が来るのかな、と考えていました。
もちろん、仕事も大切です。
大切な人との時間も、趣味も、生きがいも、人生を豊かにしてくれます。
私自身、それらに何度も助けられてきました。
楽しい時間もあるし「生きていてよかったな」と思える瞬間もあります。
でも、心のどこかに、小さな疑問が残っていました。
「それが、人生そのものの目的なのだろうか」と。
いつか必ず死ぬのなら
私たちは、生まれた以上、いつか必ず死ぬときがやってきます。
これは誰にも避けることができません。
どれだけ仕事を頑張っても。
どれだけ財産を残しても。
どれだけ大切な人に囲まれていても。
最後には、それらすべてと別れていかなければならない。
そう考えると私は、仕事やパートナー、趣味や生きがいは、私たちの心を一時的に満たしてくれる大切なものではあるけれど、
「これを果たしたから、いつ死んでも悔いはない」と言える
人生の目的とは、少し違うように感じていました。
だからといって、何が答えなのかは分かりません。
ずっとモヤモヤしていました。
「人生って、結局何なのだろう」
「私は何のために生きているのだろう」
考えても、答えは出ない。
それでも、問いだけは消えませんでした。
「人生の目的には、完成がある」
そんな私が仏教を聞いて、特に驚いたことがあります。
それは、人生の目的には、完成があると教えられていたことです。
私はそれまで「人生の目的」という言葉は、もっと曖昧なものだと思っていました。
人それぞれ違うもの。
一生をかけて探し続けるもの。
もしかしたら、最後まで分からないもの。
そんなふうに思っていたのです。
ところが仏教は「人生には目的がある」と言い切る。
しかも、その目的は、生きている今、果たすことができるのだと教えられている。
「えっ、人生の目的って、完成するものなの?」
とても驚きました。
そして同時に「それを知りたい」と思いました。
もしかしたら私は、ずっとこの話を探していたのかもしれない。
そんな気持ちになったのを覚えています。
仏教は、人生から離れた教えではなかった
仏教を学び始めてから、私の中にあった仏教のイメージは、大きく変わりました。
仏教は、葬儀や法事だけのものではありませんでした。
「どう生きるか」
「なぜ苦しくなるのか」
「私はどんな人間なのか」
「人とどう関わればいいのか」
そして「何のために生きるのか」
どこから聞いても、今を生きている自分自身に関係することばかりでした。
むしろ「こんなに自分の人生について説かれている教えだったのか」と驚いたくらいです。
もちろん、仏教を知ったからといって、人生の悩みが全部なくなったわけではありません。
人と比べて落ち込むこともあります。
自分の心が分からなくなることもあります。
人との関係で悩むこともあります。
今でも「ああ、またこんなことで悩んでいるな」と思うことはあります。
でも以前と違うのは、自分の心を見つめる手がかりを持てるようになったこと。
そして、人生の中で何を大切にして生きていけばいいのかを、少しずつ考えられるようになったことです。
深い森の中を、ただ方向も分からず歩いていた私に
「こちらに道があるよ」と気づかせてもらった。
私にとって、仏教との出会いは、そんな出来事でした。
このnoteでは、生きづらさを感じていた私が、仏教の智慧を通して自分の心を知り、人との関わり方や、生き方を少しずつ見つめ直してきたことを書いています。
「自分のことが、よく分からない」
「これからの人生を、どう生きていけばいいのだろう」
「頑張ってきたけれど、何のために生きているのか分からない」
そんな思いを抱えている方と、
つながることができたらいいなと思っています。
かつての私がそうだったように、人生の答えを探している誰かに、
「こんな見方もあるんだ」と思ってもらえるものを届けられたら。
それが、今の私がnoteを書いている理由の一つです。

