雨の向こうの市
今日は北京に小雨が降っていた。郊外へ友人に会いに出かけたところ、ちょうど市に出くわした。人影はそれほど多くない。それでも、食べ物から日用品、こまごまとした雑貨まで、品物はひと通り揃っている。
聞けば、ここに店を出しているのは近くの農家の人たちだという。車でやって来て、テントを張り、荷を並べれば、それでもう商売が始まる。雨の向こうから、ときおり店先の声が聞こえてくる。
こういう風景を見ていると、いわゆる「市井の煙火」とは、案外こういうものなのかもしれないと思う。人が暮らしているところには、人が物を運び、物が並び、そこにまた別の人が立ち止まる。大げさな仕掛けがなくても、暮らしというものは、それだけでひとつの風景になる。
北京の街はずいぶん大きくなったけれど、その大きさの外側には、こうして昔とあまり変わらない時間も流れている。

小雨に濡れたテントの下で、誰かが野菜を並べ、誰かが値段を尋ねている。そんな何気ないやりとりを眺めながら、街というものは、目に見える建物よりも、むしろこうした人の営みの積み重ねによって、その姿を保っているのではないかと思った。
そして帰るころには、雨はまだ細く降っていた。市はいつものように続いていた。たぶん明日になれば、そこには何も残っていない。それでも、そこに人が集まり、物が行き交ったという時間だけは、どこかに静かに残っていくのだろう。
