見出し画像

整形を考えてこなかった


整形について考えてみる。
身内に整形した人がおらず、自分でもしたいと思ったことがないから考えたことがなかった。
実際にあったことがあるひとでは、後輩一人が教えてくれたことがある。
顔にあるほくろがコンプレックスで、それを取る手術をしたという。
手術明け、周りの誰からも気づかれなくて拍子抜けしたと言った。

整形に偏見がないかといえば、まったくないとは言い切れない。
整形する人はすごいと思う。
特に病気が原因ではない形で美容整形をする人たちだ。
自分のなりたい自分に向かって、病院で多少でも痛みを伴う施術をしてもらう。
病院も、注射の痛みですら嫌いな私は高みを目指す人達に拍手を送るしか無い。
ただ、そんな私は他人が整形しているかどうかを全く見抜けない。
そもそも学生の頃から、流行りの化粧をした人はみな同じ顔に見えていて区別が全くつかなかった。
だから整形の有無どころか流行りの化粧と髪型をした人がその場に数人いるだけで誰が誰かわからなくなるのである。

そんな人間だったものだから、整形について自体のことを親身に考えてこなかった。
少し歩み寄って考えてみよう。
もし身近な人、友人知人が整形したいと言ってきたらどうだろう。
整形の程度にもよるが、基本応援するだろう。
応援というよりは「好きにしたらいい」というスタンスだ。
反対をしない。
では反対するのは、どんなときだろう。
私の中では年齢が大きな基準になっている気がする。
成人していれば好きにすればいい。
ただ未成年の場合は別だ。
まず体の作りが作り終わっていない段階で、病気ではないのにメスを入れる。
結局メスを入れたあとで変化していく割合が大人よりも大きくなることが予想されるのだから、体の完成までは待ってほしいと願う。
次にリスクの把握をきちんとできているか。
リスクの対応について本人が考えて周囲の大人を納得させることができるなら、あとは任せるしか無いだろう。

より身近な家族親族だったらどうだろうか。
年齢によるものは友人知人の場合と同じだ。
ただ、働き盛りの身内の場合は応援できない場合もある。
全面的に顔を変えたいタイプの整形の場合だ。
たとえば奈良の大仏顔からマイケル・ジャクソンへ整形したいと相談があったとする。
ここまでの整形になると働き盛りの場合はデメリットがどうしても見えてくる。
それまでに社会で築いた本人の顔という名刺が通用しなくなるという点だ。
たとえば「職場を変えるから」と言われても同国内であれば有用な顔という名刺を変えるメリットよりデメリットが勝る気がする。
顔を変えることがメリットになる職種は他所様に言える職種ではないだろうという勘繰りもあるかもしれない。
ただ働き盛りを過ぎ定年も近くなれば好きにしたらいいとまた応援できるようになる。
そんな気がする。

いいなと思ったら応援しよう!