トレド サン・マルティン橋 | 30 May '26 スペイン散歩(18)
教会から坂道を下り、タホ川に架かる石造りのサン・マルティン橋を望むとトレドの街とはお別れ。ガイド氏が「中世後期の橋がそのままに残っているのは奇跡、地震の多い国のわたしたちには考えられないことです」と解説。彼の話はスパイスが利いて面白く、異国に暮らす同胞の様々な憂いを、街の記憶に重ねてしまうのだった。




橋の両端にある城門は防御機能も兼ねている。わたしは石の丸飾りに手を置いた。トレドの街の古い絵葉書で想像していたものが、水の流れにそって下流へ移動していく。








門塔だけが残る上掲の絵葉書にあるのは、サン・マルティン橋の下流にあったカバ橋(?)の残留。ここは街の歴史に登場する美しい娘が水浴びをしていた場所とされる。略奪はいけません。橋の正面にはアラビア語で以下の墓碑銘が刻まれているという。
慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において「人々よ! アッラーの約束は真実である。世俗の生活に惑わされてはならない。また、欺く者に惑わされてはならない アッラー (これはヒシャーム・ブン・アブドの墓である)
新しい橋がさらに下流で建設されたことにより、カバ橋の辺りは荒れ果ててしまったという。

御無沙汰しました。随分お世話様になりました。いよいよ最後旅にスペインに参りグレコ、ゴヤ、ベラスケスを見、トレドで製作をしました。すぐ巴里へ帰りマロニイの花の咲く春を後に四月末の船で日本へ帰ります。途中よりますので多分御目にかかれるのは七 八月頃になりませう。奥様はじめ皆様によろしく トレドにて 四月十日 ◯◯◯
宛先である佐藤龍馬の名は「日本法学 第七十七巻第三号(2011年12月)」新井勉の論説『大正・昭和前記における司法省の裁判所支配』25頁に1928年の司法省刑事局書記官として記載されている。論説の内容については門外漢故、理解の外と追記させていただく。
