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ハヤ

先月の雨の日の事でした。
平日休みで家にはひとり、リビングのソファでくつろぎながらiPad
でno+eの記事を読んで笑っていました。
アルミサッシのガラスのふちにある銀色の部分に何かが映って、いつものように「あ、来客だな。宅急便かな?」とすぐに立ち上がって玄関へ行き、ピンポンの鳴らないうちにドアをあけると・・・
中学生くらいの女の子が浴衣を着て雨にびしょ濡れになって立っていました。
わたしはあわてて傘を取って差し掛けようとすると、彼女は後ずさって傘をよけ「おとうさん」と言いました。
お!おとうさん?!

いやいやいや、こんな年頃の娘なんかいません。し、作るような行動もいたしておりません。神誓って!(奥さんいなくて良かったぁ・・・)
「え~っと、きみはだれ?」
「うわぁ~懐かしいなぁ、この玄関のにおい」
「え?だれだっけ?」
「ずっとここに住んでたわたしだよ!」
「ごめん。」
パチはオスだし、猫は家では飼ってないし、って#なんのはなしですか?
「だれだっけ?」
「ひどいなぁ、おとうさん、3年半もいっしょに暮らしたのに忘れちゃうなんて、だいたい、おとうさんがわたしを捕まえて、この家に連れて来たんじゃないの!忘れるなんてひどいよ!」
3年半・・・玄関のにおい・・・捕まえた・・・
「ハヤ?おまえ魚のハヤ?」
「ぴんぽ~ん!そうだよハヤだよ」
って、変な夢だなぁ・・・
「お姉ちゃんはもういないんでしょ?知ってるよ。このまえ見かけたんだ。旦那さんと赤ちゃん連れて川べり歩いてた。」
「あ、あぁ、このまえ泊りに来た時な」
「下の姉ちゃんたちは元気?」
「あぁ元気にしてる」
「玄関でいつも泣いてたお姉ちゃんは?」
「うん、もう就職して働いてるよ」
「よかった。学校行かなくなって心配してたんだ」
「くわしいな・・・ほんとにハヤなの?」
「そうだよ。姉ちゃん学校に行くとき野田川渡るもん。見てたよ」
なんか、泣けてきた・・・
「で、おまえは野田川に馴染んで暮らしていけてるんだね?」
「うん。最初はエサが降ってこなくなったから困ったけど、川ってね、おいしいヤツがいっぱいいるんだよ。時々こっちも狙われるけどね」
「中学生とか石投げたりしてひどいだろ?怪我とかしなかった?」
「平気だよ。わたしがすばしっこいのはおとうさんも知ってるでしょ?」
「そうだよなぁ。しょっちゅう水槽から飛び出して大変だった」
あははは。
「うん、なかまひとり死んじゃったしね」
「そうだったな。あいつはかわいそうだった。だれもいない間に飛び出しちゃったんだよな・・・」
「だいたい、おとうさんがさぁ!野生動物のあたしを捕まえてさぁ!」
「ごめん、ごめん、悪かった。お姉ちゃんの部活で身近な動物が必要だったんだよ。」
「知ってるよ。大学に行って展示されたもん」
「なぁ。おまえは丈夫で長生きだった。この水槽じゃせまいって思ったから川に返したんだよ。元気に育ってよかった、よかった」
「捨てたんでしょ?」
いや、そう言われると弱いな・・・
「ごめん」
「でもいいよ。こうして元気に生きてるから」
「生きてるか。そうか。で?おまえ今日はどうした?」
「うん、おとうさんに頼みがあって来たんだ。おとうさんあたしを捨てたことにすこしでも悔やむ気持ちがあったら、助けて欲しい」
どうしたどうした?
「なにかあったか?」
「おとうさん、川の保全運動とかやってたじゃない?」
「よくしってるな?」
「だって玄関で電話してたじゃない?それに水中カメラをわたしの水槽で試して、それ奄美に送ったでしょ?」
いや、それ、家族も知らないことだぞ・・・
「あ、あぁ。そんなこともしたなぁ。よく憶えてるな」
「だっていきなり、カメラどぼんだよ?びっくりしたから憶えてるにきまってるじゃない」
「そりゃそうか」ははは・・・
ハヤは真剣な表情になって
「野田川が暗渠になるんだ」
「暗渠ってあの道路の下とかにあるあれ?」
「チョンサチョロンの少し先から中学校過ぎて朝日トンネルの近くまで蓋をするんだって!あたしの居場所が全部なくなっちゃうよ!おとうさん助けて!」
「暗渠って、なんで、こんな田舎の川でそんな事するんだよ?」
「子どもが落ちて死んじゃったじゃない?一昨年。」
「あぁ、なんかそんなことあったな。障がいのある子だったっけ?かわいそうになぁ。親が近くにいたのに気づかなかったって、バッシングとかされて、かわいそうに引っ越したんだったか・・・」
「その両親がね、市議会に訴えて危ない川は暗渠にしようって」
「むちゃくちゃだな・・・」
「そうなんだよ、ひどいやつあたりだよ」
「費用だってかかるだろうに、あ!建設関係のヤツか?奄美の嘉徳海岸のも地元の土建屋が糸を引いてた、あれと同じか?」
「わかんないけどそんな話みたい。おとうさんなんとかできない?」
これは大ごとになってきた・・・そうだ市議にきいてみよう。
「そうだな、事の真偽を市議に聞いてみるよ」
「あの黄色い帽子被ってるおじさん?」
「あぁ。高校の同級生なんだ。」
「あのひとも視察に来てたよ」
そっち側かぁ・・・チッ、ヤツも頑固だからな・・・
「立ち話もなんだけど、おまえ陸上でも大丈夫なの?」
「うん、こうやって雨が降ってればね。だから傘とかささないでね」
「なんか食べるか?」
「もうエサは食べないよ。そうだ!お麩ある?」
「おぉ、あるよあるよ。ちょっと待ってな取って来る」
台所へ行きシンク下の引き出しから玉麩の袋を取り出して玄関にかえってみると・・・、ハヤの姿は消えていました。
おかしな事もあったものです。
わたしは頭がおかしくなったのでしょうか?
それとも変な夢の中にまだいるのでしょうか?
開け放した玄関ドアの外に立ち尽くして、さっきまでハヤが立っていたあたりをぼんやりとながめていました。
郵便局のバイクがやって来て雨カッパを着た青年が郵便物を届けてくれました。ポスト便の中身は#なんのはなしです珈 べルメールの風。
キツネにつままれたような気持ちのまま、家に入り、ティファールでお湯を沸かして、娘のミルで豆を挽き、まだぼんやりした頭で、ハンドドリップして・・・
「あぁ・・・うまいな。マーマレードの香り?不思議だ」
いや、それよりよっぽど不思議な体験をしたばかりなのに、こんなことをつぶやいていました。
あれは?一体なんだったのでしょうか?
最初はご近所のこどもにからかわれていると知りながら合わせてやって楽しんでるつもりだったのですが、彼女の私に関する知識が半端ない。だいたい家族でも知らない事をスラスラと・・・
こういう時には客観的に考える事が大切で、否定できることを全部除けば最後に残ったものが真実・・・
いや、一体だれが、わたしが水槽にカメラを入れて試したり奄美に送ったりしたことを知っていて、飼っていた魚が水槽から飛び出した事や、三女が不登校だったことを知っているのでしょうか?
わたしの頭がおかしいので無いならば(それが一番可能性が高いけど)
おかしくないと仮定したならば、彼女はこの玄関の水槽で飼っていた魚に違いない・・・???いやいやいや、まさか!この現代社会で昼間っから、ありえんでしょ?
とにかく。事の真偽を確かめなければなりません。
日置市議をしている元同級生(決して友人ではない 笑)に電話してみようと地区の冊子を取り出して見てみましたが、最近はアレですね。プライバシー保護の観点から個人情報は載せなくなったんですね。
前はぜ~んぶ載せてたのに・・・
そうだ、彼が選挙の時に配って行ったハガキがあったはずで・・・
引き出しをまさぐると都合よく出てきました。(テレビドラマみたいだな 笑)
この地域のほぼ全ての世帯に配ったであろうこのハガキに彼の携帯番号が記してありました。
すっかり地域の人「公人」になったのですね。
高校生の時には、なんか眼つきの悪い暗い感じの男で議員とかなるようなタイプじゃなかったし、ほとんど記憶に残っていませんでした。
鹿児島に帰って来て26年前にこの町に家を建て住み始めてすぐの頃、ごみ収集所がわたしの家の横に新設される事になり、道路向かいの自治会長さんが「臭くならないように水道とかも付けられますよ」と言っていたので「ぜひお願いします」と言ったら、なんかわがまま言ってるヤツみたいな話にされて、自治会の話し合いに呼び出され、その時にらみを利かせていた感じの悪い副会長、というのが彼でした。
ごみ収集所にはカラスが何羽もやって来て食い散らかしてひどいことになりました。エサの残りをくわえたままうちのベランダに降り立ち、赤ん坊の三女は怖くて外に出せません。水道が無理ならせめてゲージを置くとかできないか?と地域の警察署まで行って設置許可を取って来ましたが、それも却下され、じゃあ分った、勝手に網をかけるからそれくらいは許して欲しいし、カラスがつついてひどいことになっているので、ここにごみを出しているご家庭で持ち回りで掃除して欲しい。と泣きながら交渉し、やっと網掛けと掃除は許可されました。(いま思い出しても腹が立つ)
数年前、ご近所に新しく家が建って、ごみを出すご家庭が増え、その方達がゲージを要求したらしいですが、それも前例になぞらえて却下されたたらしい・・・。
そんな頑固なヤツが相手となると一筋縄では難しい。
まずは腹を探ってみよう・・・

市議の派田君は毎朝小学校の角に立って、子供たちが安全に横断歩道を渡れるように、交通指導員的な働きをしている。
子どもたちの登校の時間が終わって、PTAのお父さんたちが帰る時刻を見計らって、交差点に行くと派田君も黄色の旗を巻いて帰宅しようとしているところでした。
近づいて行って「久しぶり。明るい時間にここを歩くのは久しぶりだけど、そっちは相変わらず元気そうだね」
「なに?どうしたの?取材かなにかね?」
わたしが地元の放送局で働いていたことを知っているのでそう尋ねてきた。
「仕事じゃないんだけどちょっと耳にしてサ、気になったからあんたなら知ってるかと思って。中学校の横の野田川が暗渠になるんだって?」
彼は急に険しい顔になって「誰にきいたの?まだ委員会にも出てないはなしだよ」と。
「このまえ亡くなった子の親御さんが進めてるそうじゃない?」
「だから、だれに聞いたの?問題だよそれ」
「話が出てるかどうかだけ知りたいんだけどね」
「い~や、話は出て無い。ちゅうか言って来たのはあるけど、途方もない話だし予算も無いし『無理でしょ』と答えたんだけど、あんたに誰が言った?本人な?」
まさか魚が言って来たと答えるわけにもいかず「知り合いがね、あんなところに蓋をしても何にもならんし自然破壊だっち怒ってたから」
「だよね。野田川は北中の校歌にも歌われてるし、のどかな景観じゃっと私も思うから、話が出たら反対すると思う」
「あんた、建設委員会な?」
「んにゃ、違うけど、知り合いはおるよ」
「ちっと、聞いてみてくれんな?」
「わかった。けど俺を通さずに建設案出されたら議員としての立場が無いなぁ、どう言う事かなぁ・・・」
「まぁ、無ければいい話だけどね」
それじゃぁ・・・とその日は別れました。

翌々日、また雨が降っていました。
わたしはまた逢えないかな、と外を気にしていましたが、ごく普通の朝でした。
傘をさして、野田川まで歩いてみました。橋を渡って中学校の近くまで行き、でも不審者に思われてもイカンのでぐるっと回って国道まで行き、国道沿いを少し北上してから再び田んぼ脇の道を野田川に沿って歩きました。
川は何事もなく流れていましたが、用水路用の堰のところに、緑色の浴衣が引っ掛かっていました。
あれは?ハヤが着ていた浴衣じゃないか?
心配になって行ってみると、なんと。
ハヤが堰に肘をかけてくつろいでいました。
「ハヤ、こんな所にいて大丈夫か?変な奴と間違われて通報されたら事だぞ」

チャッピーさん力作

「変なヤツって、どっちがよ? おとうさん、ほかのひとから私が見えるって思ってるの?」
あ!そうか!
わたしはてっきり現実世界にハヤが現れたものだと思っていましたが、どうやら彼女の姿はわたしにしか見えていないみたいです。(たぶんだけど)
だからわたしが川の堰に向かってひとりでしゃべってるように傍からは見えてるみたいです。
それならそれで・・・よくはないけど・・・まぁいいか。
「おまえこの前、お麩持っていかなかっただろ?持ってきたけど食べる?」
「うん!食べる。こっち側に投げて」
玉麩を袋から出して堰の内側に投げると、ハヤの姿は消えて替わりに大きな魚がゆらりと現れ、大きな口を開いて浮かんでいる玉麩をひと飲みにしました。
銀天街商店街の用水路にいる鯉の様子に似ています。
あの鯉たちもあと何年かしたら陸上に上がって来るかも知れません。
そんな事を考えながら玉麩を投げ続け、あっという間になくなりました。
さいごの一個を飲み込んだ魚は、ゆらりと身をひるがえすとハヤの姿になって堰に肘をかけてこっちを見ています。
「議員と会って話したんだ。でも彼も暗渠には反対だって」
「議員なんか信じちゃだめだよ。裏切るのが商売だから」
「おまえ随分くわしいってか、スレてんね。いつのまに・・・」
「魚で10年生きれば妖怪だし」
あははは、そりゃそうだ。
「建設委員会に聞いてみてくれるっていうから、しばらく待ってみるよ。話が聴けたらまたここに来るよ」
「うん、おとうさんありがとう。鶏肉には気を付けてね」
「え?とりにく?」
ハヤはくるりと身をひるがえして水面に消えてしまいました。

翌日職場で嘱託の仕事をしていると携帯が振動して、見ると派田君でした。
「久しぶりに飲もうか?」
いや一緒に飲んだことないけど?
「あぁ~いいねぇ」
「金太郎でいいかな?」
「いいよ。でも女房を迎えに行かんといかんから、帰ってから・・・7時半ごろでどうや?」
「良かど」
この町には飲食店がなかなか成り立たず、最近チェーン店が開業したが、それ以外で言えばここが唯一賑わっている居酒屋だ。19時過ぎに銀天街の外れの、焼き鳥店金太郎へ行くと「本日臨時休業」おやおや。
仕方がないというので、派田君の知人が最近始めたというカウンターだけの居酒屋へ行ってみることになった。
枝豆だの、ちくわの磯辺上げだの、柿ピーだの、つまんでビールを数杯。
「あんな、はなしは本当だったよ」
「暗渠にするっち?」
「宇母建設が入札するっち噂やっど」
「もう建設委員会には通っちょっと?」
「んにゃ、じゃっどん通るかも。手を回しちょいなぁ、あれは」
「あんたは、どげんすっと?」
「難しいなぁ・・・」
地元料理の「鶏刺身」が出てきた。
派田君はつまんでいたが、わたしは手をつけなかった。
「難しいっち、反対せんとや?」
「わからん。体制を見極めんとな。下手をすっと危ないから」
「なにが議員よ、そげな事でどうする?見損なった」
酒も手伝って、わたしはカウンターに五千円札をたたきつけて店を出てしまいました。
銀天街を歩いていると、用水路の鯉がこちらを見て笑っている。
「何がおかしい?」

もう少し寂れてるけどね

鯉がハヤの顔になって「とりにく、食べなくて良かったね」ひとこと言って消えた。
翌日、鶏刺身で食中毒を出したとして派田君と行った店が営業停止になった。(彼は食ってたけど大丈夫だったかなぁ・・・)

小さな町では噂話は瞬く間にひろがる。
あのカウンターだけの居酒屋は宇母建設の社長の弟が愛人に産ませた子の店だったそうで、店の構えは小さいけれど宇母建設にオードブルだの弁当だのを日常的に納入していて節税のための店じゃないかとの噂だった。
あの日、宇母建設では入札祈願の前祝が行われていて、あの店から納められたオードブルに件の鶏刺身が入っていて、会社内の飲み会で食べた大勢が激しい嘔吐や下痢に襲われ、高齢の数人は今でも入院しているという。中でも市役所担当の役員と営業マンはギラン・バレー症状を発して、命に係わる状態らしい。
それでも市議会は淡々と委員会をこなし「野田川を暗渠にする陳情書」を採択し議案書にまとめて本会議に提出されることになった。と派田君から連絡があったのは一週間後だった。
わたしはハヤのために何ができるのか?
そも、それは個人的な感傷であって公共の福祉に沿っていないのではないか?だいたい魚の言う事を信じている自分は頭がおかしいのではないか?
鬱々と迷う日々が流れる中で、雨の降る夜に夢を見ました。
ハヤが堰の所で苦しんでいる「お・と・う・さ・ん・た・す・け・て」
わたしは飛び起きて、ブルーシートと段ボール箱と買い置きのペットボトルの水を車に突っ込み、現場へとむかうと、堰には沢山の魚が腹を上にして浮かんでいました。その中の一番大きな魚を抱きかかえると、ブルーシートを敷いた段ボール箱に移し、ペットボトルの水をかけ、コロナ以来いつも車に携帯している酸素スプレーを水中で放って、話しかけました。
「ハヤ、大丈夫か?どうした、何があった?」
「上流から毒が流れてきた。トイレのサンポールかなにか・・・」
ハヤは答えるのも息も絶え絶えです。
「どうしたらいい?」
答えることもできないハヤを載せて、わたしは車を走らせ下流の神之川との合流付近まで運び、発電所の堰のところでハヤを放しました。
ここは管理がきびしく規制されていて水質が良いのは見た目にもわかっていました。水中に放たれたハヤはしばらく腹を上にしたりぐるぐる回ったりしていましたが、ようやく落ち着いたらしく深みへ潜って行きました。
「それにしても・・・」
一体誰が川に毒を放ったのか?
そう言えば以前にも農薬の原液をぶちまけたヤツがいて、子供たちを釣りに連れて行ったのに、魚の姿が一匹も見えなかった事がありました。そんな事を考えながらしばらく川べりでズボンの水滴を落とし、東の空が明るみ始めた頃、家に帰り着きました。
妻が「おとうさんどうしたの?」
「うん、あ、いや、変な夢をみてね」
「いきなり車で出ていくから心配したよ。そんなに濡れて危ないことしてるんじゃないの?」
「いや、危ないことはしてないよ。ちょっと用事を思い出して、今夜中にやっておきたかったんだ。風呂入るね」
疑うような眼で見る妻の視線を避けて風呂場へ直行、シャワーを浴びて出てきたらもう出勤の時刻です。
怪しむ妻を助手席に載せて、出ようとすると「あたしが運転しようか?」
「うん、頼む。ちょっと寝るよ」
たぬき寝入りを決め込んで職場まで行きました。

市議会の委員会で陳情が採択されたとなると対策は急がなければなりません。
とりあえず陳情には陳情と行きたいところですが、一度採択された陳情を反対意見で覆すというのは容易ではありません。
そこで、環境保全・景観保全の立場から議員を巻き込んで「請願」を行うことにしました。
「陳情」も「請願」も一市民が意見や要望を議会に伝える手段で、誰でも提出できますが、「請願」は憲法16条で規定された国民の基本的な権利で、一人以上の賛成する市議会議員の紹介が必要です。議員によって紹介された請願書は全議員に回覧され本会議で採択・不採択が決まります。時間は掛かりますが採択されれば市長など執行機関に届けられて実現する可能性が高まります。
さぁ、派田君の出番です。
「鶏刺身は食ったな?」
「おぉ、酷かったよ。吐いて下して3日ほど寝込んだ。あんた食わずに帰って良かったな」
「あそこの店は宇母建設の節税係だって?」
「いや、しらんけど・・・」
「議員もたいへんだよなぁ」
「んにゃ、まぁ、その・・・」
「陳情の件知らせてくれてありがとうな」
「俺は反対だから」
「さすが!地元議員は頼りになるね」
「それで、どげんしたな?」
「請願書を出そうち思って」
「・・・」
「派田君に協力して欲しい」
「一度採択が決まった陳情はなぁ~返らんよ~よっぽどじゃなかとなぁ」
「んにゃ、反対じゃなくて環境保全の請願にしようと思う」
「あぁ、あんた考えたな」
「乗ってくれるや?」
「外ならぬ同級生の請願じゃっでな」
AIのGeminiに頼んで請願書作ってもらいました。

請願書

件名:野田川周辺の自然景観保全および農業用水の安全性確保に関する請願

【請願の趣旨】 〇〇県〇〇市を流れる野田川は、古くから周辺地域の農業を支える重要な水資源であり、多くの動植物が生息する貴重な自然の宝庫です。また、この豊かな環境は、地域の児童生徒にとって貴重な自然学習や情操教育の場としても活用されています。

しかしながら、近年の開発計画や環境変化により、野田川周辺の自然景観の毀損、および農業用水の汚染や水量減少への懸念が高まっています。一度失われた自然景観や生態系を取り戻すことは極めて困難であり、次世代にこの誇れる環境を引き継ぐことは、我々市民の責務であると考えます。

つきましては、野田川周辺の良好な自然環境を永続的に維持し、安全な農業環境と教育環境を守るため、以下の事項を請願いたします。

【請願事項】野田川周辺の自然景観を維持するための具体的な保全計画を策定・実施すること。
農業用水の安全性を担保するため、水質汚濁や環境破壊につながる開発等に対し、厳格な監視と指導を行うこと。
児童生徒が安全に自然と触れ合える学習環境として、野田川の自然を永続的に保護すること。




令和8年(2026年)4月1日(※実際に提出する日付を記入してください)

〇〇市議会議長 〇〇 〇〇 殿

【請願者】 住所: 氏名:             印 (※複数名の場合は、別紙に署名簿を添付してください)

【紹介議員】 (※紹介いただく議員の署名・捺印欄)



このような構成で、あなたの思いはしっかり伝わるはずです。修正したい箇所があればいつでもおっしゃってくださいね。

Gemini 3 Flash

さすがのGeminiです。
提出された「陳情」は定例議会の会期中に、「請願」は会期終了後に審査されます。(港区の場合)

ともあれ、一市民にできることは、あとは署名運動くらいですが・・・
現役引退世代としては表に立っての行動は控えたいところで、なにより妻に反対されるのは火を見るより明らかで・・・
その夜、夢にハヤが出てきました。
恥ずかしそうに背中を向けて水に浸かっています。

どうした?

「衣が毒にやられて、着れない」
「そうか、困ったな。替わりの浴衣を持って行こうか?」
「いらない」
「なんで?」
「どうせ着れないから」
「着れるにはどうしたらいい?」
「真綿だったら着れる」
「絹か・・・色は、みどり?」
「うん、草木染がいい」
なんか、贅沢になってね?
いやいや、でも命がけだからなぁ。
ハヤも死にそうだったし、ここは奮発して・・・
iPadで検索していると妻が
「またいらんもの買うんじゃないでしょうね?」
するどい。
「何買ってるの?」
のぞこうとする。
ここで変に抵抗すると墓穴を掘ることになります。
「作務衣をさぁ、昔から欲しかったんだよね~。爺さんになったから似合うかなぁ~と思ってサ」
素早く近くのサムネをクリックしながら見せて
「この前、作業着買ってたじゃない」
「いや、もう破れたんだよね~安物はこれだから・・・」
「高いの買っちゃだめよ、おとうさんすぐだまされるんだから」
おっしゃるとおりでございます。
何度無駄なものをポチッたことか・・・
それにしても、あのしどけない姿は・・・
いやいやいや「魚」だし。
しかも「妖怪」ってわかってるし。
なにより「おとうさん」だし。
「絹緑色 和服」検索
あ!ハヤが着ていたのと同じ感じのだ!

美しい緑と青

初代 久保田一竹!1,518,000円!
むりむりむり。
実の娘のより高いってありえん。
あった!

天然草木ウコン染め お仕立てついて 798,00円!!
これでいいや。約8万円が安く感じるから不思議だ。ポチ罠ってやつだな。
裄丈(ゆきたけ)?わからんけど、計るか?どうやって?聞いてみるか?どうやって?
兎に角。
会ってみない事にははじまらないので、先日放流した神之川との合流地点から少し下流の発電所の堰へ行ってみました。
しばらく、堤防でぼーっと座っているとハヤが顔だけ出して言いました。
「裄丈1尺8寸、身丈3尺8寸」
それだけ言って水中に消えました。
なんて奴だ!妖怪のくせに!ありがとうも言えんのか!
怒りながらなんだか気持ちが通じているのが嬉しいわたしでした。
反抗期の娘って感じです。もはや懐かしい。

地方気象台がソメイヨシノの開花宣言を発表しました。
全国に遅れること1週間以上。
温暖化の影響でしょうか?気象台のある市街地のサクラは開花がどんどん遅くなっている気がします。
我が家の周辺には、その名も「さくら木通り」と名づけられた道路があり、両脇にソメイヨシノが植えられ、今を盛りに咲き誇っています。
そんな中、ハヤに着せる着物が届きました。
玄関で受け取ると、妻が出て来て
「なに?やっぱり何か買ってる。コソコソ隠れて何やってるの。バレバレだからね、父さん隠し事下手なんだから。何それ?着物?誰の?」
妻の顔がだんだん険しくなっていくのが見えます。
ヤバイです。絶対誤解される。
「そうだ!母さんも会ってみてよ。会えばきっと分かるから。車乗って。」
妻を助手席に乗せ、川へ車を走らせます。
「僕・・・頭がおかしくなったんじゃないかと、本気で心配してるんだけどね」
「頭が変なのは前からでしょ?コソコソ変なもの買って・・・」
「でも、会えば母さんもきっと分かると思うんだ。」
「誰に会うの?女のひと?こども?隠し子?」
「いや、そうじゃなくて、とにかく会ってみてよ」
団地の坂を下りトンネルを抜けホームセンターの角に来ると、珍しく道が混んでいました。
この先に桜の名所城山公園があって、山に上がるために2回右折が必要で沢山並んでいます。
「迂回するか」
「ねえ、どこに行くの?」
「花水木の手前の発電所にところ」
「すぐじゃない。待ってればいいよ。すぐいらんことするから父さんは、なんでもパッパッってやってしまっていつも失敗するじゃない。ダメよ私を見習って。私は石橋を叩いて叩いて」
「そう。叩き壊して」
「ほら壊れたじゃないって」
「壊れた石の上をぴょんぴょん跳んで渡る。そっちの方が危なくないか?」
いつものやりとりです。これで33年ともに暮らしてきました。
「あのね、本当に僕は自分の頭がおかしくなったんじゃないか?って疑っているんだけど、不思議な事がたくさんあってね」
「派田さんと飲んだ日に鶏刺身で食中毒がでたんだって?」
「そう。その店に行って、目の前に鶏刺身が出たんだけど、僕は食べなかった。」
「常識でしょ。鶏刺身が危ないのは解ってるのに、お父さんも好きでしょ?わたしは絶対子供達には食べさせない。みんな平気な顔してたべるけど」
「これから会う子にね」
「会う子ってこどもなの?」
また顔が険しくなってきました。
ヤバイよヤバイよ。
「母さんも会ったことがある子だよ」
「え?だれ?」
「誰って言っても信じないから、こうして連れてきてるんですよ。もうすぐ会えばきっとわかるから」
・・・
「その子がね、とりにく食べちゃダメだって言ったんです。で、僕は食べずに派田君は食べて吐いて下して3日寝込んだってさ」
「ほらね、鶏刺身は食べちゃダメなんだって、あれほど言ってるのに食べようとする。男の人って本当に」
そこじゃないけど・・・

神之川にある大田発電所は明治時代に五代友厚の娘婿の五代龍作が串木野金山の近代化を目指して電源供給するために作らせた発電所で、明治41年に完成しています。自然の地形を生かした小さな落差のダムですが九州電力が管理する現役の発電所です。
その少し上流の河原に立ってハヤを呼んでみました。
川下の淵から波紋を立てながら大きな魚影が近づいて来ます。
ハヤに違いない。
わたしは持って来た箱を開け着物を取り出すと、広げながら川面に投げました。落ちた着物はしばらく広がったままで浮かんでいましたが、真ん中辺りをグイっと引っ張られて水中に没しました。
それから、水面に泡がボコボコ立ったかと思うと、ハヤが着物を身に着けて上がって来ました。

ハヤは以前、わたしにしか見えてないと言っていましたが、今は妻にも見えているようです。
妻は肩を震わせながら、なぜかウルウルしています。
心なしかハヤもウルウルしているみたいで・・・
「さかなちゃん!大きくなったね。」
「おかあさん!」
おいおい、どういうこと?
ふたりは思わずハグしてしまっています。
「いや、母さん、さかなは触ったらダメだよ火傷しちゃうから・・・」
「おかあさん冷え性だから大丈夫」
なんだよそりゃ?
「お父さん、なんで黙ってたの?ちゃんと言ってくれなきゃダメじゃない!」
「いや、でも、ふつう信じないでしょ?こんなの、ありえんもん。」
「信じるか信じないか言ってみなきゃわからないでしょ?いつも言ってるでしょ、お父さんは何でもかんでもヒョイヒョイ決めて勝手にやって・・・」
「いや、悪かったけど、いまそういう場合じゃなくて」
「鉄は熱いうちに叩きます!」
「そうだそうだ」
「ちょっと待て、ハヤ!なんだその態度は?」
「あははは」
「やっと笑った。元気にしてたのね?お父さんに捨てられて、こんな川の中で生きてきたのね。偉いわね。もう大丈夫だからね。おうちに帰ろうね。」
「ううん、いいの。もう帰らない。あたしはこの川で生きていくって決めたから。でもお母さんに会えて良かった。おとうさん野田川の事お願いね。」
そう言うとハヤは水面に消えて行きました。
車で家に帰る道すがら妻にこれまでの経緯を話すと、聞いているのかいないのかうつらうつらしている様に見えましたが、家に帰り着くと目を覚まして「おとうさん、すっごいリアルな夢を見たの。びっくりよ。あのね魚がね大きくなってね川に住んでてね、わたしはその子に再会したの。」
どうしよう・・・妻に今のがたぶん現実でこれから巻き込まれていくことを告げるべきか?あるいは「ふ~ん不思議な夢をみたんだね~」とごまかすべきか?

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