見出し画像

#12 夫がトイレに閉じ込められた話

青島で初めて住んだマンションの部屋は20階だった。窓からは海も見えた。
リビングと寝室が2つ、小さな部屋が1つ。
ベランダもある。
リビングは子どもたちが手押し車に乗って走り回れるくらい広かった。

家具や家電も一通りそろっていて、生活を始めるには十分な環境だった。

キッチン。食洗機はついていないのに
何故かビルトイン型の食器消毒機?がついていた。

ただ、一つだけ気になることがあった。

築5年ほどの比較的新しいマンションなのに、壁にひび割れがちらほらあったのだ。

当時はそれが建物の歪みを意味しているとは思いもしなかった。

ある日、トイレに入った夫が言った。
「ちょっと開かない。」
最初は何を言っているのか分からなかった。

でも本当に開かなかった。
我が家のトイレは引き戸タイプ。
鍵は開いているのに、扉だけがびくともしない。

厚紙を差し込んでみる。

思い切り引っ張ってみる。

上下に揺らしてみる。

それでも開かない。
しばらく格闘した後、トイレの中から夫が言った。
「もう扉壊そうか。」

いやいやいや。
入居して間もない賃貸でそれはまずい。

私は慌てて止めた。

そして部屋を飛び出し、マンションの守衛さんのところへ走った。
そこで最大の壁にぶつかる。
言葉が通じないのだ。
私は中国語が話せず、
守衛さんは日本語も英語も話せない。

それでも何とか身振り手振りで説明し、
「とにかくついて来い!」
という気持ちだけは伝えた。

守衛さんは半ば私に引っ張られるように我が家へ。

状況を見るなり、すぐに管理事務所へ連絡してくれた。そして管理の方が来てくれて、ほどなくして扉は開いた。

詳しいことはよく分からない。
でも鍵の問題というより、どう考えても建て付けの問題だった。

夫は無事救出された。

今だから笑い話だけれど、当時は少しゾッとした。
もし平日の昼間だったらどうだろう。

もし閉じ込められたのが私だったら。

私はスマホを持っていないかもしれない。

子どもたちだけでは助けを呼べない。

夫が一時帰国中だったら。

考えれば考えるほど怖くなった。

後日、この話を同じマンションのママさんたちにしたところ、
「実は似たようなことあったよ」
と言われた。

なんと別の部屋ではベランダに閉じ込められた人がいたらしい。その方は外を歩いている人に向かって助けを求めたそうだ。
笑って聞いたけれど、全然笑えない。

そんな出来事があって以来、我が家には新しいルールができた。

『トイレの扉は完全には閉めない』

である。
その後、我が家は何度か引っ越しをしている。
でもこのルールだけはずっと守ってきた。

中国での日々が私たちに残した、ちょっと奇妙で切実な教訓だ。

いいなと思ったら応援しよう!