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野生動物の痕跡からクレパス画を描く旅|水無沢 ④作品完成

野外にセンサーカメラを設置していると、直接観察ではあまり見られない光景を見ることがある。
たとえば、クマが寝そべって休んでいるところ。
タヌキやアナグマの排泄行為。
キツネの餌運び。
ハクビシンの交尾など。
センサーカメラを警戒する個体もいるが、まったく気にしない個体も多い。

5月になったばかりの記録には、カモシカの親子が動画撮影されていた。
それ自体は珍しくない。
私がその親子を印象深く感じたのは、子どもが、生まれて間もないような、たどたどしい歩き方をしていたためだ。
まだしっかり歩けない様子のそのカモシカは、先を行く母親に懸命についていく姿が記録されていた。
母親が立ち止まったので、その子どもも立ち止まったが、後ろ足に力が入らないのか、止まったとたんによろよろと後方へ転びそうになった。その後、体勢を持ち直して母親のあとを小走りについていった。

それから12日後には、もう元気よく走っている姿が記録された。子どものカモシカは、なにか気になる音でもしたのか、じっと一点を見つめていたが、やがて母親を追って走り出し、画面から消えた。

さらにその4日後にも、母親を追って走りながら画角に入ってきた。あまりにも勢いよく走るものだから、立ち止まった母親のお尻にぶつかりそうになった。その後、母親の後ろ足の股に顔を入れ、今にも母乳を飲みそうな態勢になったところで記録は切れた。
なにがそんなに嬉しいのか…。

その年生まれの子どもの動きは、動物全般に微笑ましい。
何ごとにも懸命で、何にでも興味を持つ。
見るもの全てが輝いて見えているのだろうか。
そんな姿に、無自覚のうちに笑みを浮かべてしまう。

しかし、幼獣のもうひとつの特徴として、彼ら(彼女ら)は例外なく弱い。
私は一度、カモシカの子どもがイヌワシに運ばれる姿を見たことがある。
そのような出来事は、日常的な風景なのかもしれない
幼獣の微笑ましさは、無邪気に生きる姿と通して、いつかは終わる命の儚さが透けて見えるからかもしれない。

***

今週は、色塗りを完成させた。
このシカは、森で見つけた抜け落ちたシカの毛からイメージを膨らませて描いた。
実際にどのような状況で落ちた毛なのかは分からない。
しかし、こんな姿で体を掻きながら冬毛を脱いでるシカは、実際にいるように思う。
シカをスケッチをしてから、もうじき1ヶ月を迎える。
その時には聞こえなかったハルゼミの声が、今、その森で響き渡っているだろう。


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