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【政府の経済政策の目的とは何か?】ラグビーボール型社会を取り戻すためのグランドデザイン


政府の経済政策とは

 「政府の経済政策」と聞くと難しく考えがちですが、その目的は本来とてもシンプルです。

 経済学において、政府が担う経済政策には大きく「3つの機能」があると言われています。

 これは、財政学者リチャード・マスグレイブが提唱した「財政の3大機能」として広く知られているフレームワークです。

 まずはこの基本から整理してみましょう。

① 経済の安定化(景気の波をマイルドにする)

 市場を自由な放任状態にしていると、経済は「好景気」と「不景気」の波を繰り返します。

 これを放置すれば、大不景気のときに大量の失業者が生まれ、企業が次々と倒産して社会がパニックに陥ってしまいます。

 そのため政府は、不景気のときには公共投資を増やしたり、減税を行ったり、中央銀行が金利を下げたりして世の中のお金の回りを良くします(景気刺激策)。

 逆に好景気が過熱しているときは、増税や利上げによってブレーキをかけます。

 物価を安定させ、誰もが働ける環境(完全雇用)を維持することがこの機能の目的です。

② 所得の再分配(格差の是正とセーフティネット)

 自由な市場競争はイノベーションを生む原動力になる一方で、どうしても「持てる者」と「持たざる者」の貧富の格差を生み出します。

 また、病気やケガ、老齢などによって、誰もが自力で稼げなくなるリスクを抱えています。

 そこで政府は、稼ぎが多い人ほど高い税率を課す「累進課税制度」を敷き、集めた税金を財源として生活困窮者への福祉、年金、医療、失業保険などを支給する「社会保障制度」を運営します。

 生まれた環境や不運によって人間の尊厳が失われないよう、最低限の生活を保障する(セーフティネットの構築)という重要な役割です。

③ 資源配分の効率化(市場の失敗を補う)

 世の中には「儲からないから民間企業は作らないけれど、社会には絶対に必要なもの」がたくさんあります。

 これを経済学で「公共財」と呼びます。

 警察、消防、国防をはじめ、道路やダムの建設、義務教育の提供などがこれに当たります。

 また、公害に対する規制や地球温暖化対策のように、市場の原理だけでは解決できない環境問題に介入するのも政府の役割です。


政府の経済政策が目指すべき、理想の社会構造とは

 政府は、これら「3つの機能」を総動員して目指すべき理想的な社会とは、一体どのような姿でしょうか。

 それは「健全な中間層の形成」に尽きると思われます。

 例えば、貧困に苦しむ人が多い社会は大きな問題を抱えています。

 しかし、大多数の人が一律に貧しい状態であれば、そこには良くも悪くも一体感があり、社会はある種の安定を保ちます。

 社会が不安定化するのは、「同じ社会の中に、過剰に持つ者と、決定的に持たざる者がいる」という、目に見える分断と格差が発生したときなのです。

 貧困に苦しむ人々が、一部の富裕層が独占する富を羨み、自分の置かれた状況を「不当な搾取によるものだ」と感じ始めたとき、社会への悪意や反社会的な思想、あるいは急進的な革命への志向が首をもたげます。

 社会の持続可能な安定を望むのであれば、富裕層、中間層、貧困層のバランスを見たとき、中間層が圧倒的なマジョリティを占め、富裕層と貧困層に向かってなだらかに少なくなっていく人口構成こそがベストなのです。

 人口構成は、底辺ばかりが広い「ピラミッド型」でも、二極化した「砂時計型」でもありません。

 目指すべきは、真ん中が最も豊かに膨らんだ「ラグビーボール型社会」で、政府の経済政策の究極の役割は、このラグビーボールの形をした社会を形成し、維持し、大切に育てていくことにあるのではないでしょうか。


日本が誇った「一億総中流」という奇跡

 この「ラグビーボール型社会」がどれほど国を輝かせるか、私たち日本人は身をもって知っています。

昭和の高度経済成長期から平成初期にかけて、日本は「一億総中流」と呼ばれる時代を築きました。

 強固な雇用環境、機能する所得再分配、そして誰もが平等にチャンスを与えられる教育機会を通じて、国民の約9割が「自分は真ん中(中流)にいる」とごく自然に感じられていた時代です。

 子どもが「お父さん、ウチは金持ち?貧乏?」と尋ねれば、多くの親が「うちは普通(中流)だよ」と笑顔で答えられた社会で、誰もが「真面目に働けば、明日は今日よりも良くなる」と本気で信じることができました。

 この分厚い中間層が基盤にあったからこそ、日本は強力な国内消費を生み出し、持続的な経済成長を成し遂げました。

 同時に、世界一と称される治安の良さと、高い社会的一体感を維持することができたのです。

 豊かな文化が花開き、人々の心に余裕が生まれ、社会全体が明るく前を向けたのは、すべて「健全な中間層」という目に見えない最強のインフラがあったからにほかなりません。


「格差社会」への明確な逆行と、その代償

 しかし、近年の日本はこれと全く逆の道を歩んでいます。 非正規雇用の拡大と、それに伴う格差社会の到来は、私たちが目指すべき「ラグビーボール型社会」への明確な逆行です。

 「雇用の流動化」という大義名分のもとに非正規職が激増した結果、多くの現役世代、特に氷河期世代などで低賃金や不安定な雇用に縛られました。

 どれだけ真面目に働いても中間層へと這い上がれない構造的な壁、すなわち「格差の固定化」が生じてしまったのです。

 中間層が削り取られて貧困層が拡大すれば、当たり前のことですが国民全体の購買力は落ち、経済は停滞(デフレ)に陥ります。

 さらに深刻なのは、家庭環境による格差です。

 子どもたちに十分な教育の機会を施せなくなれば、貧困の世代間連鎖が始まり、日本の国力の源泉である「良質な人的資源」が十分に供給できなくなります。

 社会が「富裕層」と「貧困層」へと二極化(砂時計型へ移行)していくと、まず社会的な連帯感が致命的に損なわれます。

 「どうせ頑張っても報われない」という諦めと不公平感が蔓延し、それはやがて、かつての日本には考えられなかったような理不尽な犯罪の増加や、治安悪化のトリガーとなります。

 厚生労働省の調査を見ても、全世帯の所得の「中央値(全体を順番に並べたとき、ちょうど真ん中にくる値)」は、1990年代半ばの約550万円をピークに、近年では400万円台前半まで下落しています。

 かつての「平均的な現役ファミリー」の生活水準そのものが、文字通り1段階地盤沈下してしまったのです。

 現在、私たちが直面している様々な社会問題の大きな部分は、この中間層の衰退が深く横たわっているのです。


先人たちが説いた「中間層」の重要性

 「中間層こそが社会の要である」という思想は、現代の思いつきではなく、人類の歴史が証明してきた普遍的な真理です。

 古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、その著書『政治学』の中で次のように喝破しています。

“最善の政治コミュニティは中間層によって形成され、中間層が他のどの層よりも大きく、強固である国こそが最も安定し、政変や内乱が起きにくい”

 また、現代において格差問題を追究し続けるノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツも、「分厚い中間層の存在こそが、持続可能な経済成長と民主主義のインフラである」と一貫して主張し、過度な不平等が社会の仕組みそのものを破壊すると強く警鐘を鳴らし続けています。


いま、国家が果たすべきグランドデザイン

 国家の経済政策が目指すべき終着点は、「健全な中間層の構築」です。

 貧困層にある人々を的確に支援して中間層へと引き上げ、同時に、富が一部に過剰に偏りすぎないよう税制などの再分配機能を正しく作動させることです。

 そして、誰もが生まれに関係なく平等に挑戦できるよう、「人への投資(教育やリスキリング)」を惜しまないことが重要です。

 非正規雇用など格差を助長してきた雇用のあり方を根本から見直し、社会の形を再び「ラグビーボール型」の美しい軌道へと戻すことで、かつての日本が持っていたあの「明日への安心感」を、現代の成熟した社会のカタチに適合させてどう再構築していくか考えなければなりません。

 それこそが、今まさに政府が果たすべき最重要のグランドデザインであり、国家が存在する意義そのものなのです。


 あなたご自身は、いまの日本が「ラグビーボール型」から「砂時計型」に変化していると感じますか?リアルな実感や、これからの日本社会へのアイデアなど、ぜひコメント欄であなたの声を聞かせてください!

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