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紡がれる、音①――和音が重なる場所へ/刑事ドラマ・エンタメ原作部門

あらすじ

「守る」とは何か。問い続けた男の、約ニ年間の物語。

東京の繁華街を走る機捜隊員、コンドウ。
胸に傷を抱えても、手を差し伸べることを止めない。
ある夜の取り調べで、宿り木の居酒屋の店長、
カワハラが犯罪に関与していることを知る。
友人を逮捕したその夜から、歯車は軋み始めた。

「事件が起きる前に止めたい」

その信念を胸に、花形から地味な現場に異動したコンドウの前に、
ある相談が舞い込む。裏社会と繋がる客、エナミに執拗に追われる、
パブ従業員、ヤヨイ。コンドウはエナミを追う。

「この笑顔を守るためなら、何でもやってやる」

痛みを抱えたまま、コンドウは選択を迫られる。
刑事として追い続けるのか。それとも——。

全十二話の、静かで熱い、クラシカルな刑事ドラマ。完結済み。
公開済みだった作品を、改訂、推敲しました。



第一話:歯車

イルミネーションがちらほらと街を彩り始めた。
浮かれた人々が溢れる金曜日の夜、
俺は相棒のサカイと、いつも通り機捜車に乗り密行に出た。

俺たち機捜隊は、重点密行をして、事件が起きると最初に現場へ行く。
初動捜査をして調書を作り、担当係に引き継ぐのが主な仕事だ。
その他、裏取りや本部の補充員……まあ、便利屋みたいなもんだ。
円滑に、平和に日常が保たれるよう、歯車として動く。
ここ三か月程、駅前の繁華街で窃盗の被害が増えていた。
ゆっくり走る機捜車の助手席で、俺は窓の外を流れる人波を眺める。

「今週三件、被害届が出てる」

サカイが前を見たまま、話し始めた。

「財布ばかり。居酒屋で鞄から抜き取られたケースもある」
「素人か?……妙に手馴れてんな」

その時、人通りの多い歩道で、黒いパーカーの男が視界を横切った。
フードを目深にかぶり、人の流れに自然に紛れながら、
目だけが忙しく動いている。
俺はその男に違和感を覚え、しばらくじっと見つめた。
……コイツ、やるな。

「二時の方向、黒いパーカー」
「……見えた」

サカイがゆっくりと車を路肩に止める。
追い抜きざまにパーカーの男がスーツの男にぶつかり、
一瞬、ジャケットの下で手元が消えた。

「今のだ」

ドアを開けて機捜車を降り、人混みをよけて足早に男に近づく。
サカイがスーツの男に声をかけた隙をつき、男は急に見通しの悪い路地に飛び込んだ。俺はとっさに男の腕を掴む。男はビクッと肩を震わすと、
ブランド物の財布を落とし、そのまま走り出した。
俺は少し屈んで財布を拾い、走り出す。

「待て、落としたぞ……おい」
「……触るな!」

男の肩を掴み、近くの壁に押し付ける。男は俺を押しのけようともがいた。

「警察だ。やったなお前。見てたぞ」
「うるせえ、放せ」
「黙れ、暴れるな」
「……コンドウ!」

サカイが追い付いてきて、腰のホルダーから手錠を取り出す。

「二十時三十七分、窃盗容疑で現行犯逮捕」

サカイが手錠をかけると、男は抵抗を止めた。
俺は息をつき、黙り込む男の腕を取って歩き出す。

分駐所には誰もいなかった。
男を連れて小部屋に入り、テーブル前のパイプ椅子に男を座らせる。
サカイはドアの横に立ち、男を見つめた。
俺は男に権利の告知をした後、ノートパソコンを開き、弁解録取書を作る。

男は抵抗もなく話し始めた。19歳。フリーター。
思わずため息をつく。男はスリの容疑もすんなり認めた。
しばらくキーボードを叩くと、顔を上げ、男の顔を見る。

「で、手慣れてたな、何回目だ」
「……三回か、四回」
「金はどうした、使ったか」
「渡した」
「誰に」

男は視線を落とした。
しばらく黙っていたが、ポツポツと話し出す。

「店。頼まれたんだ」
「店?バイト先か」
「違うよ。二、三回行ったことがある、駅裏の、いこいって居酒屋」 
「……え」

その店の名に、一瞬指が止まった。
サカイが顔を上げて俺を見る。

「その店の……誰に」
「店長の、カワハラっておっさん」 

一瞬息を呑み、思わず天井を見上げた。
供述はスムーズで具体的だった。金の受け渡し方、時間、取り分の割合。
俺はそれを打ち込み、読み上げて男に確認する。
印刷した書類に署名をさせると、サカイが男の腕を取り、部屋を出て行った。背中を見送ってパソコンを閉じ、俺は無意識にタバコに火を点けた。

「おい、ここ禁煙だぞ」
「……あ」

戻って来たサカイが缶コーヒーと一緒に、携帯灰皿を俺に押し付けた。
俺は指先を見て、タバコを携帯灰皿に入れ缶コーヒーを開ける。
一口飲んで黙り込むと、サカイが目を細め、俺を見据えた。

「いこい、って、あれか。お前の行きつけの店か」
「……ああ。カワハラもよく知ってる」
「初動はここまでだ。後は三係に任せる」
「そうだな」
「……引きずるなよ」

サカイはそう言って肩を叩き、横をすり抜けて階段を下りて行く。
缶コーヒーを呷り、ふうっと息をついた。
……胸が、ざらつく。
首を少し振り、サカイの後を追って階段を下りた。

退勤時間になりサカイに軽く手を振ると、分駐所を出て、通いなれた路地裏を歩く。提灯の灯りが、いつも通りゆらゆらと揺れていた。

「いらっしゃい、コンドウさん」
「……おう」

カワハラが焼き台の前で笑顔を見せる。変わらない声。変わらない、空気。
ミチコがキッチンから顔を出した。
サユリがホールで笑顔を見せ、いらっしゃい、と笑う。
カウンターのいつもの席に座ると、生ビールが置かれた。

〈いこい〉に通い始めて三年ぐらいか。
機捜に配属された頃、フラッと暖簾をくぐったのが最初だ。
妙に居心地がいいのが気に入って、それから頻繁に顔を出すようになった。
カワハラは、まるで兄のように何でも話せる、とても気易い、優しい男だ。従業員のミチコは快活でよく気が付き、カワハラの娘、サユリは頭が良くて、父思いの良い子だ。
人を疑い、正しくあろうとひとりで意地を張っていた窮屈な日常の中で、
刑事を脱いで笑える、宿り木になった。

「頼まれたんだ。店長の、カワハラっておっさん」

さっきのガキの声が頭に響き、俺は息をついてカワハラを見上げ、グラスを傾ける。雑談に相槌を打ちながら、俺は戸惑う。
……言えない。

いつものように会計を済ませて外に出ると、
サユリが店の外に出てきて、俺を呼び止め、真っ直ぐ見上げた。

「ちょっと、見て欲しいんですけど……店の帳簿です」
「何で俺に?」
「ここ……変なんです」
「え?」

路地の街灯の下で、サユリが開いたページに視線を移す。

二か月前の帳簿だ。月末、個人の名前で小刻みな現金入金がある。
それまでは無かった名だ。
俺は帳簿から顔を上げ、サユリを見つめる。

「急に入金が増えてるんです。しかも、細かく」
「売掛じゃないのか?」
「付けはやってません……お父さん最近、様子がおかしくて。ミチコさんにも話せないし」
「……そうか」
「ごめんなさい。コンドウさんしか思いつかなくて」
「……いや」

サユリはそう言い、小さく頭を下げた。
俺は小さく首を振る。

「お父さん、また何かしてたら……」
「……ああ」

カワハラには、前がある。
五年程前、その時務めていた会社の金を横領して、二年の実刑を受けた。
サユリは中学生だった。カワハラはその時離婚して、
サユリは今、母親と暮らしている。
俺はサユリの顔を見て小さく頷き、曖昧に笑った。

「分かった。心配するな」
「……はい」

サユリに手を振り、分駐所に戻る。
缶コーヒーを片手に、こっそりと店の口座の動きを照会した。
本来は三係の担当。規定スレスレの行為だ。
入金額が、スリ被害総額と近い。
……偶然か。それとも。

喫煙所で煙を吐き出しながら、
俺はイラつき、足が勝手に貧乏ゆすりを始めた。
コンコン、とノックの音が聞こえ顔を上げると、サカイが手を上げていた。

「どうした?帰ったんじゃなかったのか?」
「ああ、少し気になることがあってな」
「……スリの件か」
「いや……」

サカイは少し眉をしかめ、詰め寄る。

「おい、深入りするなよ」
「……ああ」
「俺たちの担当じゃない。任せるんだ」

顔を見られないでいると、サカイはふうっと息をついた。

「お前は、身内のことになると熱くなるからな」
「……うるせえ」
「ひとりで抱え込むな。間違えるなよ」
「ああ」
「じゃあな、お疲れ」

サカイの背中を見送り、俺は大きなため息をついた。

二日後の夜、暖簾の前で少し立ち止まり、空を仰ぐ。
白い吐息が、重そうな雲の隙間に溶けた。
いつものカウンターからの景色が、今日は何故か少しぼやけて見える。
何も言わない俺を見てカワハラが、心配そうに少し目を細めた。

「どうした……顔色悪いぞ」
「ああ、忙しいんだ」
「無理すんなよ」
「……ああ」

今、口を開けばこの景色は消える……だが、俺は。
小さく頷くと、腹の下の方に少し力を入れ、ビールを煽った。

閉店間際、会計を済ませ、カウンターに戻る。
最後の客に、ありがとうございます、と言いながら、
サユリが見送りに出た。
俺はカワハラを見上げ、低い声を出す。

「……最近、店、厳しいのか」
「まあ、楽じゃないな。商売だから。山も谷も、穴もある」
「その穴を埋めたくなることも?」
「お前……何が言いたいんだ」

ここで引けば、このままでいられる。
だが、口は勝手に動く。

「この間、駅前でスリのガキを現逮した」
「……それで?」
「金を……お前に渡したと言っている」

俺はカワハラをじっと見据えた。
店の空気が、凍る。
カワハラは、ふっと鼻で笑うと、焼き台に視線を落とした。

「……ガキの言うことだろ?」
「調べたんだ……入金記録もある」

カワハラが焼き台から視線を上げ、俺を睨む。

「俺を疑うのか?」
「俺に、言わせるのか?」

俺はカワハラを真っ直ぐ見返した。
しばらくお互いに黙り込んだ後、ポツリ、と言葉が聞こえる。

「……少し、足りなかったんだ……サユリも、受験だしな」
「だからって……理由にならない」
「必ず返す。それに……」

……守りたかったんだ。
微かに息を呑む音が聞こえた。
振り向くと、サユリが佇んでいた。

「本当なの?……私のせいで」
「違う。お前は関係ない」
「お父さん……どうしてそんな」
「……ごめんな」

カワハラが俯く。
胸の奥の砂が、俺の喉を詰まらせた。

「……明日、出頭しろ。任意だ」

言葉を引っ張り出し店を出る。提灯の灯りが暗く、霞んで見えた。

「深入りするな。間違えるなよ」

路地裏を歩きながら、ふいに、サカイの言葉が頭に響いた。
俺は機捜だ。初動で終わる。それでいいはずだった。
タバコに火を点け深く吸う。指先が少し震え、舌打ちが漏れた。
少し軋んだ音を立てながら、歯車は回り続ける。
その嫌な音が頭に重く響いて、思わず耳を塞いだ。
タバコを消して、前を向く。
しばらく歩いて立ち止まり、夜空を見上げた。

星の見えない灰色の空には、うっすらと、消えそうな月が浮かんでいた。

                            つづく



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「創作の裏側」       |       第二話「雨の音」



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