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【雑記】僕がここ10年書き続けてきたものは、『「男」なるものの弱さについて』なのかもしれない


僕はここ10年小説を書いてます。
書いていてずっと「テーマ」というものを避けてきました。
意図的に避けてきました。
「テーマ」がはっきりしていると、面白くなくなると思ったからです。

「思春期の心身のバランス不調」
「第二次世界大戦中の市民心理」
「鯨の生態」

そういうふうに「何を語るか」がはっきりしている文章は、批評やハウツー本であればいいのですが、こと「小説」となると、物語の味わいを阻害するノイズにしかならないのではないかと思っていたのです。

けども、最近自分の本を読み返してみて、思った以上に、テーマくっきりしてるという事実を発見し、非常に恥ずかしく思いました。

と同時に、面白くも感じました。
あれだけ避けてきたはずの「テーマ」というのを、だからこそなのか、はっきりとそこに現してしまっているという事実が、実に皮肉だったからです。

で、肝心の「テーマ」というのはなんなのかというと、これです。

『「男」なるものの弱さについて』


びっくりするほど一貫してます。証拠に書籍化した一作目からテーマをなぞっていきましょう。

①蛇⇨いじめられている17歳の男が、クラスの女の子に復讐する話
②ユキちゃん⇨小さい頃に旅行した街での恋物語
③彼岸花⇨プライドの高いフリーターの話
④ユニコーン・ツノ・オ・レ⇨股間を失くした専業主夫の話
⑤フィクショナル・フィクション⇨恋人を失った殺し屋の話
⑥My First…⇨ふしだらな生活を送る大学生の話
⑦1000円払ってぶん殴られたい豚野郎が読む本⇨性の快感を上回る創作をしようと試みる大学生の話

自分で言うのもおかしいですが、顕著ですよね。
よくここまで「男」と言うものので、物語を書き続けてきたなと、呆れ果てるばかりです、、、。
おまけにエッセイでは「事実婚」について書いております。


多分、僕は「男」という像を強固に持っているんだと思います。

その「男性像」と、自分とのギャップ、あるいは一致というのを、人生におけるめちゃくちゃ大事な要素として捉えているようなんです。

これはもう、理屈じゃないですよね、、、。
「なぜこうなんだ」あるいは「なんでこうなったんだ」、それを考えるさえ無駄な気がします。

けども、自分の関心ごとに気づけた今、創作の可能性は逆に広がった気がします。
『「男」なるものの弱さ」

これが自分の関心ごとであることがわかれば、そこから活動をスタートさせることもできます。
こうやってnoteに記事を書いたり、わざと意識的に小説を書いたり、あるいは、エッセイの形にしたり。
物書きとしての自分の名刺が濃くなっていくような気がします。


ということで、僕はこれからもちょくちょく「男」「性」について書いていきたいと思います。

そして、もしこの記事を読んで僕の書く物語に興味を持ってくれた方がいましたら、下記サイトより、ぜひ拙著をお買い求めください。クリックして見てもらえるだけでも嬉しいです。
https://t.co/lUYGP4uhTS

これからどういうものを書いてどういう活動をしていくかは分かりませんが、出発点が決まった今、走りやすくはなった気がする、、、。

とりあえずいろんな記事を書きたい。

おやすみなさい!


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