極上の座り心地
掘り出し物だった。
フリマアプリで見つけた、イタリア製の高級本革ソファ。定価で買えば五十万は下らない代物が、送料込みでたったの五千円。
出品者のコメントはシンプルだった。『急な引越しで処分が必要です。すぐに引き取ってくれる方限定』。
私は迷わず購入ボタンを押した。届いたソファは、写真通りの逸品だった。深い飴色のレザーは艶やかで、重厚感がある。
一人暮らしの私のワンルームには不釣り合いなほど立派だったが、私は満足感に浸りながら、さっそくそのソファに体を沈めた。
「……ああ、最高」
吸い付くような革の感触。硬すぎず柔らかすぎず、体を包み込むような極上の座り心地。
ただ、少し気になったのは、匂いだった。
高級な革の匂いに混じって、微かに、古い家の押し入れのような、あるいは濡れた犬のような、湿った臭気が鼻をつく。
それに、妙に「生暖かい」。
誰かが直前まで座っていたような、人肌のぬくもりが革の奥から伝わってくるのだ。
まあ、前の持ち主の体臭が染み付いているだけだろう。私は消臭スプレーを振りかけ、気にしないことにした。
異変が起きたのは、使い始めて一週間が過ぎた頃だった。
その夜、私はソファで映画を見ていた。
クライマックスのシーンで、思わず体に力が入った時だ。
太ももの裏に、チクリとした痛みが走った。
「痛っ……なんだ?」
座面のクッションの隙間に、何か硬いものが挟まっているようだ。
私は手を差し込み、指先で探った。
革の縫い目のあたりに、薄くて硬い、小さな突起物がある。
私はそれを爪先で摘み、慎重に引き抜いた。
部屋の照明にかざして見る。
それは、プラスチックの破片でも、木屑でもなかった。
黄色く濁った、人の「足の親指の爪」だった。
しかも、根本に乾いた血のようなものがこびりついている。
「うわっ!」
私は反射的にそれを床に投げ捨てた。
気持ち悪い。前の持ち主のものか? なんでこんなものが隙間に?
私は急に、自分が座っているこのソファが、とてつもなく不潔なものに思えてきた。
一度気になりだすと、あの湿った匂いも、妙な生暖かさも、我慢ならなくなる。
「……中身、どうなってるんだ?」
安物のウレタンが腐っているのかもしれない。カビだらけかもしれない。
私は居ても立ってもいられなくなり、工具箱から大型のカッターナイフを取り出した。
ソファを裏返しにする。底面には、黒い不織布が張られている。
私はカッターの刃を長く出し、ためらいなく布を切り裂いた。
ブチブチブチッ。
布が裂けると同時に、モワッとした強烈な悪臭が噴き出した。
腐った肉と、カビと、鉄錆を混ぜ合わせたような、むせ返るような臭気。
「うっ……え?」
私は絶句した。
裂け目からこぼれ落ちてきたのは、スポンジでも綿でもなかった。
黒い、髪の毛の束だ。
それも、一束や二束ではない。
何十人分、いや、何百人分もの長く絡み合った髪の毛が、巨大な毛玉となって、ソファの内部にぎちぎちに詰め込まれていたのだ。
私は悲鳴を上げ、後ずさりした。
その拍子に、ソファが傾き、中の「詰め物」がさらに床に雪崩れ落ちた。
ジャララララ……。
髪の毛の塊と一緒に、無数の小さな硬いものが、フローリングに散らばった。
歯だ。
黄ばんだ奥歯、尖った犬歯、神経がぶら下がったままの小さな前歯。
何百個もの人間の歯が、まるでビーズのように床を転がった。
私は理解した。
あの極上の座り心地の正体を。妙な生暖かさの原因を。
私は毎晩、何百人分の髪の毛と、誰かの歯の上に座ってくつろいでいたのだ。
「おえぇぇぇ……」
私はその場にうずくまり、激しく嘔吐した。
床に散らばる髪の毛の山が、モゾリ、と動いた気がした。
気のせいではない。
髪の毛の束の奥から、クチュ、クチュ、という湿った音が聞こえてくる。
まるで、まだ中にいる「何か」が、新しい詰め物を待っているかのように。
