チェ・ゲバラ『ゲバラ日記』
2025/9/17に書いた感想文
医学部卒の医師であるチェ・ゲバラが銃をとるに至ったあれこれはこの書籍には出てこない。日記は1966年11月から始まり、チェ・ゲバラの亡くなる2日前(1967/10/07)までの1年に満たないもので、それでも淡々と連なる日々の記録の中に彼の目指した場所や理想が垣間見える。
平穏で安定した一生を送ることも可能であったはずの彼が、ゲリラの道を選択した重さに無視してはならない物を感じる。不平等に喘ぐ貧しい人々を前に見ないふりをして現状追認することは、彼にとっては人間として精神の死と同義だったのかと思う。
・アルゼンチン生まれの彼と、キューバ革命を成功させた仲間たちを中心に組織されたゲリラは意志を抱いてよく頑張った。本気でボリビアを、南米を変えたかったのだと切実な思いが伝わってきた。自分たちの住む国なわけではないのに、なかなかできる事ではない。
・まず日記スタート時点でゲリラ隊メンバーは20名強と少人数で、その後現地ボリビアで農民たちの支持を得て増員を期待していたはずが実際は減る一方であったのがキツかった。最終日の記載では17名に過ぎない。
・ボリビア農民たちの多くは、勝手に自分たちの生活圏を踏み荒らす軍には不満があり、それをチェ・ゲバラ達に愚痴ったりするものの、では革命に参加するかと言うとそうではない。ただ怯え、あまつさえチェ・ゲバラ達に食料を売る際には値段を大いにふっかけたりする。ただ目の前の小さな得に飛びつくだけ。これには暗澹たる気持ちになった……。とは言え、未来の理想より目の前のパンを選ぶ事に躊躇ないくらい、農民の貧困は深刻だったという証左と思える。
・チェ・ゲバラは「農民たちの蜂起を期待」している。誰かに促されなんとなく動くのではなく、自分たちの内側から沸き起こる自由への渇望が奔流となるのを待っている。現地の国民たちが自ら社会を変えたいと請い動くのでなければ、いくら優秀な指導者が啓蒙しようと難しい。
・この行軍の最初期から都市部との連絡が不可能になっていて、仲間との合流や物資調達には困難を極めていた。時間が経つにつれ、病人、怪我人を抱え進行が遅々として進まず、同時に軍からの包囲網がみるみる狭まってくる様子が日記からありありと読み取れたのが辛かった。
・日記としての最終日は「牧歌的な雰囲気の中で何事もなく過ぎていった」1日だったのがドラマよりもドラマで泣きたくなる。最期の彼は苦しみの中で命尽きてしまい、その時に心をひとつにしていた仲間たちも同様。それでも彼らの精神は、それまでもこれからも人間が自由を望む限り消えないし忘れられることは無いと信じる。
・こんな少人数の集団であっても常に揉め事があり、裏切りがあり、指示が通らないケースも頻繁にあった。集団をまとめ、人を動かす事の難しさは古今変わらないのだなと痛感した。チェ・ゲバラは根気強い指導者だった。
・冒頭フィデル・カストロの『なくてはならない序文』は強く啓蒙的で英雄賛美のきらいがある。が、盟友なのだから仕方がない。そんな感じなので中身はずっしり&読むのもヘビー。
