【実録】🌟退職日に送別会はなかった――2億円の資産で清々しく解放された、31年の会社生活を終えた窓際社員のリアルストーリーとFIREへの道
退職日に送別会はなかった…でも清々しかった
🌟 31年の会社生活を終えて、静かな別れを迎えた私のリアルストーリー。
💬 もし「退職=盛大な送別会だ」と思っているなら、ぜひ読んでみてください!
1️⃣ 退職日を夢見ていた日々
1991年4月、上場プライム企業に入社。
退職は「大勢の前で花束をもらい、若手に自分の生き様を語る」華やかなイベントだと想像していた。
21年間、周囲からは「窓際」と言われ、送別会も一回だけの一次会に留まる――それでも少しは期待していた。
2️⃣ 送別会がなかった…怒りと正直な感情
2022年11月12日、退職日。
送別会も花束もなかった。
「何で?」という怒りが湧いた。
32歳でうつ病になる前は、猛烈に成果を出し、会社を愛していた。
それでも最後まで認めてもらえず、若手への挨拶の時間さえない。
これは「窓際」で築いた人間関係のミスだったと反省。
3️⃣ 代わりにあった「瓶ビール1本」
退職日の直前の夜、親会社の社長と人事部長と居酒屋で食事。
彼らが「退職日には小さな宴を催す義務がある」と言われる。
形式とコンプライアンスだけの会社に失望。
それが結局は清々しい解放感へと変わった。
4️⃣ 退職日当日の「普通さ」
仕事終わりに家へ帰り、妻の晩ご飯はいつものまま。
唯一の特別行為は「目覚ましをセットせずに寝る」こと。
31年のイメージとは違って、静かに自宅に帰った。
2億円の資産が「強がり」を支えてくれる。
5️⃣ 半年後、会社が消滅
退職後半年で会社は同業他社に吸収。
かつての会社へは戻らず、同僚とも会わず。
記憶が薄れることも気にしない。
それでも「解放感」は揺るがない。
6️⃣ 清々しかった理由 – 2つの真実
1️⃣ 居場所はすでにあった
12年間培ったスポーツコーチの仕事。
退職翌週、グラウンドで再び立つ。
空白は何もない。
2️⃣ 2億円という数字がある
会社に認めてもらえなかった分、株式投資で貯めた財産。
数字が「自分の選択が正しかった」証明になる。
誰かの承認よりも、自己肯定感が強化。
7️⃣ 21年間の窓際が終わった瞬間退職は「窓際21年の清算」の終わり。
怒り・後悔もあったが、解放感が大きい。
目覚めた朝、カーテンを開けると光が差し込み、重しが取れた瞬間を感じた。
まとめ
送別会がなかったことへの怒りはリアル。
しかし、居場所が待っていたこと、2億円の数字が自信を裏付けてくれたこと、そして会社という重しが取れた瞬間に清々しさが生まれた。
これが私の「退職=解放」体験です。
💬 コメントやシェアで、あなたの退職体験や感じたことを聞かせてください。
みんかぶマガジンの著者です →こちら
前田嘉一(まえだよしかず)のウェブサイト →こちら
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援をお願いします🍀 いただいたチップは、サラリーマンが投資を始めることによって、FIREへの道を歩いていけるよう大切に使わせていただきます🙇