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【考察】なぜ「アラブの春」は、ある国では政権交代に、ある国では内戦になったのか

2010年12月、チュニジア中部の町シディ・ブジッドで、露天商のムハンマド・ブアジジが焼身自殺を図りました。

背景にあったのは、行政による理不尽な扱いと、貧困や失業、汚職、長期独裁への不満です。彼の死をきっかけに抗議運動はチュニジア全土へ広がり、翌2011年1月には23年以上にわたって政権を握っていたベン・アリー大統領が国外へ逃亡しました。

この動きは、やがてエジプト、リビア、シリア、イエメンなどへ波及します。後に「アラブの春」と呼ばれることになる一連の政治変動です。

人々が求めたものには、多くの共通点がありました。政治的自由、腐敗の是正、生活の改善、そして長く続いた権威主義体制の終わりです。

ところが、その後に待っていた未来は、国によって大きく異なりました。

チュニジアやエジプトでは政権が交代した一方、リビア、シリア、イエメンでは抗議運動が大規模な内戦へと発展しました。同じ時期に、似た要求を掲げて始まった運動が、なぜこれほど異なる結末を迎えたのでしょうか。

私は、その違いを考える鍵の一つが、政権の強さそのものではなく、国家が平時から社会をどのようにまとめていたかにあると考えます。

「政権」と「国家」は同じではない

まず区別したいのが、政権と国家です。

独裁者が退陣することと、国を動かす仕組みそのものが崩壊することは同じではありません。大統領が去っても、軍、官僚機構、司法、警察などが機能し続ければ、政治的な対立を処理する枠組みは残ります。

反対に、権力者が部族や宗派、地域勢力の均衡を個人的に調整することで国を支配していた場合、その人物の失脚が国家秩序の崩壊に直結することがあります。

5か国の違いを大まかに整理すると、次のようになります。

国国家と社会の関係抗議運動後の展開チュニジア部族・宗派間の亀裂が比較的小さく、国家機構も存続政権交代。大規模内戦は回避エジプト軍を中心とする強い国家機構が存続政権交代後も国家秩序は維持リビア部族・地域の結びつきが強く、国家制度が脆弱政権崩壊後、武装勢力が対立イエメン部族、南北、宗派など複数の亀裂が存在権力闘争が内戦へ発展シリア国家の強制力は強いが、社会の包摂は弱い弾圧を契機に反政府勢力が武装化

ここで注意したいのは、大規模内戦を回避したことが、そのまま民主化の成功を意味するわけではないという点です。エジプトではその後、軍を中心とする権威主義体制が再び強まりました。チュニジアでも、民主化の成果は後に大きく後退しています。

この記事で考えたいのは民主化の最終的な成否ではなく、なぜ一部の国で政治的対立が武力紛争へ変わったのか、という問題です。

チュニジアとエジプト――政権が倒れても、国家は残った

チュニジアでは、他の対象国と比べて深刻な部族対立や宗派対立が少なく、政治的な対立が集団間の武力衝突へ転じにくい社会構造がありました。

さらに、ベン・アリー大統領は軍による政治介入を警戒し、軍を政権の中枢から遠ざけていました。そのため軍は、大統領個人を最後まで守る私兵というより、国家の機関として行動する余地を残していました。抗議運動が拡大したとき、軍は政権を無条件に支えず、結果的に政権交代を受け入れます。

エジプトでも、軍はムバーラク大統領個人のためだけの組織ではなく、政治や経済に大きな影響力を持つ国家の中核でした。ムバーラク政権が倒れても、軍、官僚機構などの国家装置は残りました。

つまり両国では、支配者が退場しても「国を動かす枠組み」まで一緒に消えたわけではありませんでした。政治的な混乱やその後の権威主義化はあったとしても、国家全体が複数の武装勢力に分裂する事態は回避されたのです。

リビアとイエメン――政権の動揺が、国家の分裂を招いた

一方、リビアでは、国家よりも部族や地域のネットワークが人々の生活と政治を強く支えていました。国内には多数の部族が存在し、歴史的にも東西の地域を一つの国家としてまとめることに困難を抱えてきました。

カダフィ政権は、強固な国家制度を築くというより、部族間の均衡を操作することで支配を維持していました。そのため、カダフィ政権が崩壊すると、対立を調整する中心も失われました。

反政府勢力は「独裁政権を倒す」という段階では共闘できても、その後にどのような国家をつくるのかについて一致していたわけではありません。やがて各地の武装勢力がそれぞれの利害に従って行動し、民主化運動は新たな権力闘争へと変わっていきました。

イエメンにも、北部と南部の対立、部族間の利害、宗派や地域をめぐる複数の亀裂がありました。サーレハ大統領は、それらを解消するのではなく、互いの力関係を調整しながら統治していました。

そのため、政権が弱体化すると、それまで抑えられていた対立が一気に表面化します。各集団は共通の政治制度の中で改革を競うのではなく、自分たちに有利な国家の形を求めて争うようになりました。

両国に共通していたのは、独裁政権の下に強い国家があったというより、独裁者自身がかろうじて国内の勢力をつなぎ留めていたことです。だからこそ、政権の崩壊が国家秩序の崩壊につながりました。

シリア――「強い国家」でも内戦は防げなかった

では、国家機構が強ければ内戦は起きないのでしょうか。

そう単純ではないことを示すのがシリアです。

アサド政権下のシリアには、強力な軍と治安機関がありました。反政府運動を監視し、抑え込む能力という意味では、国家は決して弱くありませんでした。

しかし、社会には多数派のスンナ派と政権中枢を支えるアラウィー派との緊張、クルド人をめぐる問題、都市と農村の格差など、複数の亀裂が存在していました。

政権は、これらの違いを政治参加や交渉を通じて包み込んでいたのではなく、主として強制力によって抑えていました。表面上の安定は保たれていても、社会が一つに統合されていたわけではなかったのです。

抗議運動に対して政権が激しい弾圧で応じると、国家と市民の対立はさらに深まりました。弾圧は運動を終わらせるどころか、反政府勢力の武装化を促し、もともと存在した宗派・民族・地域間の亀裂とも結びついていきました。

シリアの事例が示すのは、国家の「強さ」には少なくとも二つの意味があるということです。

一つは、人々を監視し、命令に従わせる統制の力。もう一つは、異なる集団の利害を調整し、同じ政治制度の中につなぎ留める統合の力です。

シリアには前者がありました。しかし、後者は十分ではありませんでした。国家機構が存続していても、それだけで内戦を防げるわけではないのです。

外国の介入は「火種」よりも「増幅装置」だった

リビア、シリア、イエメンの内戦を語るとき、外国勢力の介入は欠かせません。

リビアでは、国連安全保障理事会決議1973を受けてNATO諸国が軍事介入し、カダフィ政権の崩壊を促しました。しかし、政権を倒した後の国家建設は進まず、複数の武装勢力が並立する状況が残りました。

シリアでは、ロシアやイランがアサド政権を支援する一方、アメリカやトルコなどは、それぞれ異なる反政府勢力やクルド勢力に関与しました。国内の対立が地域大国や世界の大国による勢力争いと結びつき、紛争は長期化・複雑化していきます。

イエメンでも、国内の権力闘争にサウジアラビアやイランをはじめとする外国勢力の思惑が重なり、紛争は地域対立としての性格を強めました。

ただし、外国介入だけを内戦の原因と考えると、そもそもなぜ介入前から国内勢力が武装し、国家が分裂したのかを説明できません。

外国勢力は、何もないところに争いを生み出したというより、すでに国内にあった亀裂に資金、武器、軍事支援を注ぎ込みました。つまり、外国介入は内戦の最初の火種というより、火を大きくし、消えにくくする増幅装置として捉える方が適切でしょう。

民主化は、独裁者が去れば終わりではない

アラブの春は、強大に見えた権威主義体制も、市民の抗議によって揺らぎ得ることを世界に示しました。

しかし同時に、独裁者を退陣させることと、その後に安定した政治秩序を築くことは、まったく別の課題であることも明らかにしました。

チュニジアやエジプトでは、政権が交代しても国家機構は残りました。リビアやイエメンでは、政権の弱体化とともに、部族や地域などの対立を抑えていた秩序まで崩れました。シリアでは、強い国家機構が存在していても、社会の違いを政治的に包摂できず、弾圧によって対立を武装紛争へと押し広げました。

この比較から見えてくるのは、民主化の行方を左右するのは、政権交代の瞬間だけではないということです。

異なる宗派、民族、地域、階級、政治的立場を持つ人々が、武器ではなく共通の制度を通じて争えるか。国家が恐怖によって市民を黙らせるのではなく、違いを抱えたまま人々を政治の中に包み込めるか。

その土台が平時から築かれていなければ、独裁者の退場によって生まれた空白は、民主主義ではなく暴力によって埋められるかもしれません。

アラブの春が残したのは、「独裁政権を倒せるか」という問いだけではありません。

その後、誰もが同じ国家の一員として争い、妥協し、共に生きられる仕組みをつくれるか。

異なる帰結を分けたのは、まさにこの問いだったのではないでしょうか。


参考文献

  • 酒井啓子『中東政治学』有斐閣、2012年

  • 末松浩太『中東政治入門』ちくま新書、2020年

  • 中川恵「部族アイデンティティの活性化と諸外国の介入――リビア内戦長期化の要因に関する一考察」『羽衣国際大学現代社会学部研究紀要』第10号、2021年

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